黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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写らなかった戦後 「ヒロシマの嘘」福島菊次郎著読了。
昨年8月から全国で公開された『ニッポンの嘘』で福島菊次郎という
フォトジャーナリストに脚光が当たりました。私もその映画で彼を知りました。
映画の公式サイトの紹介文言にこうあります。

---------
ジャーナリスト界で「伝説」と語り継がれる報道写真家・福島菊次郎、90歳。
そのキャリアは敗戦直後、ヒロシマので撮影に始まり66年になる、
ピカドン、三里塚闘争、安保、東大安田講堂、水俣、ウーマンリブ、祝島--。
レンズを向けてきたのは激動の戦後・日本。
真実を伝えるためには手段を選ばない。
防衛庁を欺き、自衛隊と軍需産業内部に潜入取材して隠し撮り。
その写真を発表後、暴漢に襲われ家を放火される。
それでもシャッターを切り続けた指はカメラの形に沿うように湾曲している。
並々ならぬ執念、攻撃性を帯びた取材で生まれたのは、苦しみに悶える、
ある一家の主、機動隊に槍を向け怒りを叫ぶ若者、
不気味な兵器を前に笑顔を輝かせる男たちの姿だ。
25万枚以上の、圧倒的な真実から我々は、
権力に隠された「嘘っぱちの嘘っぱち」の日本を知ることになる。
冷静に時代を見つめ、この国に投げかけ続けた「疑問」を、今を生きる我々日本人に
「遺言」として伝えはじめた時、東日本大震災が発生。
福島第一原発事故を受け、菊次郎は真実を求め最後の現場に向かうのだった・・・。
ヒロシマからフクシマへ。
権力と戦い続けた老いた写真家は、今ここで「日本の伝説」となる。
---------
http://bitters.co.jp/nipponnouso/

ものすごく格好良いまとめ方ですが、福島さんを伝説にはできません。
何故ならば、彼が暴いてきた嘘を受け取って、行動しようとする人があまりにも少ないからです。
現状では、福島さんは安心して棺桶に突っ込むことすらできないと思います。
先般DAYS JAPAN主催のイベント聞いた福島さんの「戦争は続いている」という、
非常に力強く発せられた言葉が胸に刺さりました。


さて、タイトルの「ヒロシマの嘘」というこの本です。
福島菊次郎さんは、広島に軍隊の一員として配属されつつも、
原爆投下直前に九州の宮崎に転属になり、
原爆にて命を落とすことを免れたという十字架を背負い訪れた広島の地で、
プロの写真家としての生涯を歩むことになった原爆被爆者の憤りを、
この著書では如何なく著されています。

広島は、日清戦争時大本営が置かれるなど、
太平洋戦争以前から軍需関連機構が多数集積する場所として栄え、
戦艦大和など多数の戦艦も、広島市郊外の呉市にて建造されました。
アメリカなど戦争相手国から見れば格好の攻撃拠点となったわけです。
1945年8月6日広島市35万人の人々の頭上で原子爆弾が炸裂しました。
その場で多くの市民が犠牲になったわけですが、
それ以降さらに多くの人々が放射能による身体異常に生涯悩ませられることになります。
(現在も被爆二世、三世・・・とその連鎖は続いています。)

福島さんは、広島に足を踏み入れた当初、原爆ドームの写真を撮ることすらも、
情報統制下、なかなかシャッターを押せない状態だったそうです。
しかし、多くの被爆者と出会ううちに、この惨状を多くの人々に伝え、
戦争という過ちの追求を行うために、写真を取り雑誌に発表し展示会を開催します。

広島市での取材を経て、東京に進出しても、全国で被爆者を訪ね取材し、
また原爆や戦争について徹底的に国の「軍事国家への道」を戻る歩みを糾弾します。

福島さんが伝えるメッセージが力強いのは、国によって自らが生きることが
危機にさらされている人にきちんと向き合った上で、
おかしいことはおかしいと権力に対峙することにあります。

評論家然として、これはおかしいではないかと言うのはカンタンです。
しかし、福島さんは命を掛けて、92歳になっても年金も貰わずに、
ジャーナリストとしての姿勢を貫き通しています。

被爆者の取材では、人権団体などによって報道方針を批判され、
防衛庁の取材後、暴漢に襲われ、家に火をつけられたこともあり、
常に警察などの監視の目が耐えない状態であったそうです。

どんなに苦境であっても、戦争当時の命が消えそうな日々からは、
どれだけマシかわからないと文面でも何度も想いを残されています。
だからこそ、そんな想いを二度と後世の日本人に味わって欲しくない、
それが彼が今も発信し続ける原動力であります。

まだまだ想いばかり伝わってきて、この著を冷静に紹介できません。
この稿は再読して、もう少し客観的にまとめ直したいと思います。
JUGEMテーマ:第2次世界大戦
評価:
福島 菊次郎
現代人文社
¥ 1,995
(2003-07)
コメント:何度でも読む価値がある本です。戦争の匂いが色濃くなってきた日本においては。

福島菊次郎 | 13:08 | comments(0) | - | - | - |
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