黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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「約束」名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯 鑑賞
名張毒ぶどう酒事件の死刑囚をテーマにした「約束」をユーロスペースにて鑑賞しました。

名張毒ぶどう酒事件、昭和36年(西暦1961年)に起きた事実を知る人はわずかでしょう。
時代は、東京オリンピック開催前で、高度経済成長に湧いていた
まさに「三丁目の夕日」時代です。

それから、51年が経過して、未だに事件の解決が図られておらず、その犯人とされている、
奥西勝氏は、昭和47年戦後唯一である、一審無罪からの逆転死刑判決が確定しました。
その後、7次にも渡る再審請求がなされて、
ついに平成17年再審決定がなされたにもかかわらず、
翌年検察の異議申し立てを経て、再審決定はなんと覆り、取り消しとなりました。

つまり、奥西さんは41年に渡って、
いつ自分の首を絞められるかわからない状態で日々を過ごしてきています。

この事件の真犯人が奥西さんと断定されることが如何に理不尽なことであるのかは、
是非この映画を見ていただきたいと思いますので、そこには触れません。
しかし、少なくとも私は、逮捕当時の奥西さんのテレビカメラの前の映像を一目見て、
自身の奥さんと愛人を含めた近隣の住民を殺害した人物ではないと確信しました。
なぜなら、犯行に対する謝罪の棒読みに、うつむいたまま一切の目の動きがないからです。

私は、昨年ユーロスペースにて開催された死刑映画週間にて、
死刑をテーマにした多くの映画を観ました。
そこに至るまでにも、子供時代から、刑事事件についてのニュースなどには
特別な理由はなくとも、何らかの関心を持って、その報道を耳にしてきました。

昨年観た映画「BOX 袴田事件 命とは」の主人公である、
袴田巌氏にしても、今回の奥西勝氏にしても、
裁判所は真実を追求してくれる場所として、
厳しい取り調べを受けた現在の死刑囚(当時被告)は、常に信じています。

日本は検察官によって起訴された事件の第一審有罪率は99.9%であります。
この映画内でも触れられますが、裁判所内部の縦社会の影響として、
最高権力である最高裁判所の長官をキーにしたヒエラルキーに楯突けない環境下で、
裁判官は、一人一人の被告に対して判断を行わざるを得ない環境に置かれています。

過去に遡りますが、近代司法制度を確立したと言われる佐賀出身の江藤新平は、
佐賀の乱の首謀者として、裁判所制度確立後であるにも関わらず、申し開きを聞かれず、
裁判即日死刑になりました。

私は、この名張毒ぶどうしゅ事件の裁判もさることながら、
日本国憲法の下に、基本的人権が存在しているはずの日本という国家が、
如何に国家権力に大きな影響を持つ「誰か」の判断によって、
人が生きている権利を軽んじているのかということに憤りを感じました。

戦時中は、戦争に反対する人間に対して、
非国民と罵り人権を認めなかったかもしれません。
だからこそ、戦後、様々な自由を国民一人一人に認めようとする憲法を定めたはずです。

民主主義国家における裁判とは、「罪を憎んで人を憎まず」の原則のもと、
事実を明らかにすることを第一義にするものではないのでしょうか。
東京裁判によって敗戦国となった日本がどれだけ理不尽な裁判をなされたか、
多くの国民が目にしたのではないでしょうか。

奥西さんは、自らは神に誓って一切に、殺人を犯していない、
それを訴えるからこそ、様々な苦しみに耐えて、命をこれまで保っていると、
映画のシーンでも何度も触れられます。
彼のお母さんも、最後の最後まで息子の無実を訴え続けました。

戦争で敵対する人を殺すことは確かに残酷なことであります。
しかしながら、犯していない罪を着せられた人を処刑すること、
または処刑しようとすることのほうがよっぽど残酷ではないでしょうか。
何故ならば、それはいつ他の人に降り掛かってくるかもしれない危機であるからです。

こんなことを言うと多くの方に、失礼であることは承知の上です。
自殺をしようと考えている人は、一度えん罪を訴えている死刑囚に面会するべきです。
いかに自分の命を繋いでいくために必死で今日一日を過ごしていらっしゃるか。
彼らは、毎朝自分の名前が呼ばれて、首を絞められることに怯えながら生活をしています。
刑務所にいない人間でも、ちょっと想像してみただけでも考えつくはずですが、
とくに自らの胸に当ててやましいことが無い方は、尚更に恐怖に怯えるはずです。

もっと、司法という仕組みに国民が関心を持たなければならない。
立法、行政、司法、三権分立であるのは、国民の信任があってこそなのです。
自らの命の尊厳を守るために、必要なことはなんのか、
胸に刺さって仕方が無い映画でした。
JUGEMテーマ:今日観た映画
評価:
東海テレビ取材班,阿武野 勝彦,齊藤 潤一,門脇 康郎
岩波書店
¥ 1,995
(2013-02-16)
コメント:読んでいません。この映画の原作本です。

映画 | 23:59 | comments(0) | - | - | - |
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