黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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ニッポンの噓 報道写真家 福島菊次郎90歳

福島菊次郎、久しぶりに私の魂を揺さぶった日本人と出会いました。


私は、小学生時代ニュースに興味を持っていました。

きっかけは、たしか小学校の図書館にあった朝日年鑑を見たことにあると思います。

自分自身が生まれる前、1950年代頃からその当時に至るまでの

ニュースを写真で知りながら、大人の世界を垣間みていました。

家族で私以外、新聞を真面目に読まない中、私はしっかりと目を通していました。


そんな当時の想いを久しぶりに呼び起こしたのが、福島氏が写し出す

多くの日本のニュース最前線で撮られた写真の数々でした。

一枚の写真は、多くの映像も、多くの解説も吹き飛ばす決定的な一撃です。

それは、もちろんそれを写している福島さんがそこに命を賭けているからです。


彼は、1921年(大正10年)山口県東部の下松市に生まれ、

23歳で招集され広島市の部隊に入隊しました。

原爆投下直前の8月1日広島を離れ宮崎に転戦し、そこで終戦を迎えます。

翌年ニュースをきっかけに広島に撮影に行き、以来40年以上被爆者を撮影し続けます。


そして90歳になった2011年、福島において再び放射能汚染被害を

受けた地域に赴き、人物、土地をシャッターに収めることになります。


確か、阿賀に生きるファン倶楽部代表の旗野秀人さんだったように思いますが、

「何度でも映画を見ていただけるのは、ありがたいことですが、

こういった映画の意義が問われない時代になってほしいのが本来の要望だ」

とおっしゃっていたことを、まさに福島菊次郎さんの活躍にも当てはめたいと思いました。


まもなく92歳になる福島さんが精力的に活動しなければならない、

日本とは、それだけ危機的状況にある社会だということなのです。

それを認識している人が極端に少ないからこそ、彼が声を上げているのです。


私のような、まだまだ数十年は社会の表舞台に立っている

30代40代の人間がそれをしっかりと認識して、

おかしいことはおかしいと訴えていかなくては、

いくら年を取ったからといって、福島さんも死にきれないはずです。

今日、「ニッポンの噓」を見終わったあと、長谷川監督は、挨拶の最後にその想いを

しっかりと口にされていらっしゃいました。


先ほど読み始めたばかりですが、「ヒロシマの噓」という書き下ろしの

福島菊次郎さんの著書にも、溢れるような日本への想いが綴られています。

それは、彼を報道写真家に育てた被爆者である中村杉松さんの無念さなのです。

映画の最後のシーンでも、中村さんの墓前で「ごめんね」とつぶやく場面があります。


福島さんはこの人の想いを抱いているからこそ、日常生活では歩くのすら

やっとであるにも関わらず、切れるような鋭い目線をシャッターに当てて、

多数のニッポンの本当の姿を写し続けているのです。


私は、この映画を見終わったあと、映画館を移動して、

アフガニスタンの戦場で国際平和活動という名の下で、

派遣されて、タリバンと対峙したデンマーク兵を追った、

ドキュメント映画「アルマジロ」を観ました。

そこには、たった10日の訓練で戦場に向かった20代前半の若者が、

人の命に向き合いながらも、早くも戦争という麻薬に浸った姿が映されています。


ニッポンの噓でも触れられていますが、昭和20年今後一切の武力はもたないと

高らかに宣言した憲法を制定したにも関わらず、数年後には自衛隊という名の、

他国からみても明らかな軍隊を保有した日本は、大きな反動もすぐに鎮静しました。


同じように、2011.3.11の大震災後、福島第一原発事故による

放射能の恐怖を目の当たりにして、

原発反対を強くに叫んでいた人々もすっかり減ってしまいました。


「空気」で片付けてしまってよいものと、片付けられないもの、

今の日本人はこの境を全く忘れてしまっているのではないでしょうか。

福島さんはそう叫ぶために、今も著書、写真集発行を必死で準備しているそうです。


第二次世界大戦によって、日本では数百万人の人が、

直接的に間接的に命を落とす結果になりました。

それからまだ100年も経過しておらず、少なくなったながらも、

戦争を経験した人々がご存命な時代なのです。

もっともっと、歴史の声に耳を傾けるべきではないでしょうか。


物事は始めてしまってからでは遅いことがたくさんあります。

会社は潰れたらもう一度作れば良い、借金は自己破産すればよい、

国の財政が破綻してしまったのならば、もう一度新しい貨幣を造ればよい。

けれども、一度亡くしてしまった命は二度と蘇らないのです。

一度なくしてしまった土地、自然の姿は二度と戻らないのです。


私は、福島菊次郎さんが世の中の理不尽に思えることに

立ち向かっていく姿にファイトをいただきました。

何不自由もなく生きているではないですか。

おかしいと思えることに対して、おかしいと言えなくてどうするのかと、

ケツをたたかれたような気がします。


まだ頭を叩かれたいと思っている私は、4月20日柳井市で行われる

ニッポンの噓の上映会に、福島菊次郎さんを尋ねたいと思っています。

JUGEMテーマ:今日観た映画

評価:
福島 菊次郎
現代人文社
¥ 1,995
(2003-07)
コメント:戦争なんて他人事、そんなことを一度でも思ったことがある人にこそ読んでほしい。

映画 | 23:15 | comments(0) | - | - | - |
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