黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
ARCHIVES
RECENT COMMENT
  • 農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了
    光 (05/05)
  • 農協は地域でなにができるか -大分大山町農協の実践- 矢幡治美 著 読了
    深沢清 (05/05)
  • 人物戦後政治 〜私の出会った政治家たち〜 石川真澄著読了。
    光 (04/18)
  • 人物戦後政治 〜私の出会った政治家たち〜 石川真澄著読了。
    深沢清 (04/18)
  • 地方を動かすためには考え方を「半官半民」にすべきかもしれない。
    光 (04/17)
  • 地方を動かすためには考え方を「半官半民」にすべきかもしれない。
    深沢清 (04/17)
  • 日本会議の研究 菅野完著読了。何故、籠池理事長が一生懸命になるのかを知るための好著
    光 (03/21)
  • 日本会議の研究 菅野完著読了。何故、籠池理事長が一生懸命になるのかを知るための好著
    深沢清 (03/21)
  • 議員生活ってどう?という問いにお答えします。
    光 (02/09)
  • 議員生活ってどう?という問いにお答えします。
    深沢清 (02/09)
にほんブログ村参加してます。
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
フクシマの現状 高放射能汚染地域に簡単に立ち入りできる実態
昨夜Twitterのタイムラインを見ていてびっくりした。
それは、何度もお酒を共にしたこともある女優の木内みどりさんが、
福島第一原子力発電所正門前に出向き、決して厳重ではない格好で、
高い放射能汚染地域の現状を伝える写真だった。

正門前で測定器を地面において測られた数値は、20.2マイクロシーベルト毎時だった。

また、みどりさんがリツイートしていたのだが、これまた私も
ボランティアとして関わっていたので、よく知っている丸井春編集長が
DAYS JAPANの取材で国道六号線を訪れてこのツイートを発信していた。

2011年3月11日から、今日ですでにちょうど3年7ヶ月が経過した。
福島県の現状に関心を持っている人の数は、
日に日に減ってしまっているのが現状であろう。
しかしながら、放射能汚染に汚染されている土地や、
多くの人々が未だに仮暮らしのままに余儀なくされている
現状は改善されることなく、放置され、悪化してしまっているのが実態と言える。
もちろん除染などが進んでいる地域は存在していても、高汚染地域は手つかずのままである。

日本中で、他者の生活を考える余裕がない人は沢山いて、
逆に他者に助けを求めざるを得ない人々が多い現状も分かっているつもりではある。
しかしながら、結果として人為的に、人が立ち入りできなくなっている地域が生じていて、
その事実を全く無視して、生活していくことが日本人として普通になってしまうと、
今後また第二第三の大事故が発生したときに、何も教訓が得られないのではないだろうか。

時間は遡ってくれないのだから起きてしまったことは取り返しがつかない。
だからこそ、起きてしまった事実を受け止め、なす術もないと見捨てずに、
現状をしっかりと認識して、今後どうすべきかきちんと考えていく必要があるのではないだろうか。

木内みどりさんも、DAYS JAPAN丸井春編集長も、いずれも見た目は華奢な女性である。
けれども、彼女らが動いている事実は、私を含めた不甲斐ない日本人の男どもと比較して、
如何にパワフルであろうか、それこそ日本版ノーベル賞をあげたいほどである。

私もお二人の知人として、せめてもの劣等感でこの記事を書いているが、
もっと自らに出来ることを考えて、行動しなければと決意を新たにさせられた。
最後にお二人と出会えたきっかけである福島菊次郎さんの言葉を再び紹介する。

--------------
現代の市民運動に問われているのは、
勝てなくても抵抗して未来のために一粒の種でも いいから蒔こうとするのか、
逃げて再び同じ過ちを繰り返すのかの二者択一だけである
--------------
JUGEMテーマ:原発
2011.3.11 | 07:59 | comments(2) | - | - | - |
東日本大震災から二年半
2年経って今一度福島県を訪れた。
原発事故により運転できなくなっている常磐線の広野駅で下車しました。
一昨年出向いたのは、隣の隣である久の浜駅だった。
津波に飲まれた海岸は殆ど変わらない様子でしたが、
田んぼに消波ブロックが山積みされているのを垣間見て、
なかなか進まないのであろう復興作業を感じました。
津波対策の消波ブロック

東京から普通電車でも4時間で人が立ち入れない区域に辿り着きます。
しかし、その様子はメデイアなどではなかなか伝えらていません。

もちろん、その土地では、震災前と表面的には変わらないような日常生活が営まれています。

けれども、東日本震災後三十万人弱の人々が自分が暮らしていた家に帰れない状態なのです。

震災直後は、国難だと叫ばれて、復興には並大抵のことでは済まないとされ、
未だに放射能汚染水を始め、福島原発を巡る課題は日々増えているのに、どことなく遠くなっている東日本大震災。

長い間エントリーし続けた東京オリンピックが招致できたのは良いけれど、
本当に福島をはじめとする東北のことを忘れてしまっているのではないでしょうか。

そんなことを自分自身に重ねながら考えていました。

浜通りをあとにして、郡山経由で会津若松に行きました。
もちろんのこと、街並みは八重の桜一色、
だけどもやっぱりそんなに商店に活気はありませんでした。
来年は、また別の土地に大河ブームが移るわけですが、
果たしてこれで良いのかとちょっと感じた次第です。

二年前に沢山見かけたマスク姿の人々は、稀にしか見受けませんでした。
もちろん減ったとはいえ、環境放射線量は高い状態は続いているわけです。
(リンクはDAYS JAPANの実測放射線地図画像です。)

果たして、日本は「このくにのかたち」をどうやって考えていくのか、
このような見過ごしてしまっている点を、
今一度きちんと踏まえることが大事だと感じています。

何故ならば、自然災害はいつでもやってくるのが日本であり、
経済面でも将来展望は決して晴天とは言えない状況です。

東京とそれ以外の格差はオリンピックによってさらに拡がるかもしれません。
その時、果たして同じ国として成り立って行けるのか問われてくるのではないでしょうか。

人口が密集し、生産活動も集中する東京と、
人口は減り、経済活動が停滞する地方は、
国としてのバランスが取れなくなる可能性も大いにあります。

これから2020年への日本の課題は、
オリンピックを進めるよりももっと大きな問題への対応なのではないでしょうか。
2011.3.11 | 00:09 | comments(0) | - | - | - |
日本の原子力発電将来展望
はじめに
原子力発電所を巡っては福島第一原子力発電所事故後、
即時廃炉を巡る動きと、原子力発電の維持を求める動きに世論は二分されているように感じる。
つまり、この時点で世論は正反対ではなく、二つの論調が交わることは非常に困難な状況と化している。

一般的な議論として、Aに反対であるだからBをやる、Aに賛成であるBはこういった理由から反対だ、
そのような二律背反にもたらすことが出来ないテーマであればあるほど、議論は平行線をたどりがちである。

日本の原子力発電を巡っての政策決定についても、
1.原子力発電によるエネルギー創出を続けるならばこういった形での維持
2.原子力発電を止めて別のエネルギー創出方法をこうやって代替する
その二つの結論に向かわせなければ、何も建設的な議論ができないことは明白であろう。
特に、国民全体に原子力発電の仕組みそもそもが理解されていない現状では尚更のことである。

私は、上記の課題設定であれば、2の方向に向けて日本のエネルギー政策を転換すべきと考える。
原子力発電所というシステムは、非常に閉鎖的な仕組みであり、建設当時の設計思想を、
数十年の稼働期間中に、根本的に見直すのは非常に困難である。
なぜならば、原子炉では数十万年にも渡って人間に有害な核汚染物質を排出するからである。

つまり作ったものは簡単には壊せない、だからこそ作る前に将来ありきで原子力発電所に
取り組んでいかないと簡単にエネルギーに関して政策転換ができなくなる。
日本は、国立社会問題研究所の人口推計値を垣間みる事無く、確実に経済が縮小しており、
人口は間違いなく減少する。そしてそれに応じてエネルギー消費量も減少する。

一方で、1956年に商業運転を開始された原子力発電を取り巻く仕組みも現状では大きく変わり、
アメリカでは原子力発電の稼働コストがシェールガスの供給拡大によって、
火力発電を上回るコストになってしまったことで廃炉の動きが加速している。

つまり消費、供給ともに大きな転換を迎えつつあるエネルギーを巡る動きを踏まえて、
日本のエネルギー政策を検討しなおさなければならないタイミングであったところに、
2011年3月11日東日本大震災によって、福島第一原子力発電所事故が発生したに過ぎないのである。
今一度、この視点に振り返って今後を見据えない限り、感情論で将来を考えようとしても、
ただただ何も進まないままに時間が過ぎていく事は、目に見えている。

そうであるならば、原子力発電を止めるというドラスティックな方向を前提に検討を進めた上で、
現状の課題に向き合った方が、現状維持を行なうにしても、より大きい示唆が得られるのではないかというのが、
私の現状にエネルギー政策に対する捉え方である。
それには、LNG(液化天然ガス)による発電を推進することが最良だというのが現状の私見である。



本題

さて、まず事故が起きて現在収束作業がなかなか困難な状態となっている
福島第一原子力発電所の古さから原子力発電所の運用について考えてみたい。

東京電力 福島第一原子力発電所は、
1号炉の運転開始1971年3月を始めに、6号炉1979年10月に至るまで、
随時原子炉が運転を開始して、それから40年近い日数が経過して事故が発生した。

原子力発電所も工業製品の集積物である。日本人にとってポピュラーな工業製品、
新幹線に例えた2001齊藤のコラムは非常にわかりやすい比較例であろう。
http://www.econ.hit-u.ac.jp/~makoto/Tohoku_Kanto_earthquake_as_economist.html
上記は、東海道新幹線で例えているので東日本にポピュラーな東北新幹線に例えなおしても構わないだろう。

以下、JR東日本で運行される新幹線の例であるがいずれも30年以上は運用されていない。
1982年営業運転を開始した「200系車両」は2011年11月18日に運用を終了した。
(この車両は2004年走行中に中越地震に遭遇し脱線したものの乗員乗客にけがなく停止した。
以下は、JR東日本による事故報告 http://www.jreast.co.jp/press/2007_2/20080206.pdf)
山形新幹線開業の1992年運転開始の「400系車両」は2010年4月18日に運用を終了、
新幹線で初めての全二階建て車両である1994年運転開始の「E1型車両」は2012年9月28日に運転を終了、
200系置き換え用に導入された1997年運転開始の「E4系車両」も2016年に運転終了予定で随時廃車となっている。

民間企業が運用し、事故を起こさないことを至上命題とされることでは共通である、
新幹線と原子力発電、もちろんこれを比較したことで、
だから原子力発電プラントを30年で変えろというわけではなく、
年数の経過とともに、様々な技術革新が繰り返されることで、
改修が限界に達し、維持コストを鑑みて、
新しい設計思想で置き換えられたものに置き換えられるというのが工業製品の自然な形と言えまいか。

高度経済成長期の三種の神器に置き換えて考えてみてほしい、日本の一般家庭で
1970年代製造のテレビ、クーラー、自動車を現在も使用しているほんのわずかであろう。

原子力発電の事業着手前後から、反対運動が大きくなった事もあり、
国民の目には実態がなかなか触れない状況で今日まで経過したこともあり、
「原子力発電所=特殊」そんなイメージがどことなく存在するが、
プラント建設を請け負う企業も、労働者の多くも、他の施設建設に携わっているし、
福島第一原子力発電所で事故処理に取り組む労働者の多くも、その他の建設作業に従事していた派遣労働者である。
もちろん原子力発電所の中枢システムを設計したのは、そのプロフェッショナルであることは間違いないが。

原子力発電所の古さが福島第一原子力発電所事故の一因であり、
原子炉の更新に対しての投資を行なう圧力を、上場企業である電力会社に求めていくのが
株主としての当然の責務であるというのが、前述の齊藤の指摘である。
http://www.hit-u.ac.jp/academic/book/2011/111021.html

私もこの指摘に合意であり、設計から40年超、運転開始から30年以上を迎え、
原子炉自体に更新のタイミングを迎えている原子力発電所が、
以下存在する事自体を電力会社、政府双方が認識して、その対応を明確にすることは、
原発維持を進めるものとしての大前提であると考えている。

--------
1984年以前運転開始原子力発電所一覧(稼働年月順)福島第一以外
福島第二原子力発電所 1982年4月
東海第二発電所 1978年11月
浜岡原子力発電所1号機 1976年3月(営業運転終了)
浜岡原子力発電所2号機 1978年11月(営業運転終了)
敦賀発電所1号機 1970年3月
美浜発電所1号機 1970年11月
美浜発電所2号機 1972年7月
美浜発電所3号機 1976年12月
大飯発電所1号機 1979年3月
大飯発電所2号機 1979年12月
高浜発電所1号機 1974年11月
高浜発電所2号機 1975年11月
島根原子力発電所1号機 1974年3月
伊方発電所1号機 1977年9月
伊方発電所2号機 1982年3月
玄海原子力発電所1号機 1975年10月
玄海原子力発電所2号機 1981年3月

日本の原子力施設全データ 北村行孝・三島勇 講談社 2012より
http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=257759
--------

次に、それでは原発稼働を止めるとして廃炉に際して具体的にどのくらいの
タイムスパンが掛かるのかを考えてみたい。
原発廃炉を訴える声は多いのだが、実際にその過程に踏み込んだ議論がほとんど上がってこないので、
もっとも重要なこのプロセスを知らない人も多いはずである。

現在商業原子力発電所の廃炉作業としては、日本で初めて商業運転が開始された
東海発電所の廃炉作業が、国内初めての原子炉解体作業のプロジェクトとして進められている。
以下、廃止措置のスケジュール表である。(日本原子力発電株式会社 2013.3.31現在)
http://www.japc.co.jp/project/haishi/pdf/240331.pdf

廃止措置とは、発電所の運転を停止し、再び運転ができない状態にした上で、
施設を解体し、核燃料、放射能物質を除去し、発電所に存在する物質を安全なレベルまで
管理できる状態に低減させた状態である。

全工期を20年として計画されているが、来年度から始まる最も重要である、
原子炉本体等解体撤去工事等を控えている段階なので、想定通りのスケジュールで進むかどうかは、
現時点でははっきり断定できない。

ちなみに、同じく日本原子力発電株式会社のウェブサイトに、
世界の原子力発電所の廃止措置完了状況が掲載されているが昨年時点で廃止措置が完了したのは、
わずか11例しか存在しておらず、特に事故発生後の廃止措置令は存在しない。
http://www.japc.co.jp/project/haishi/world.html

東海発電所の発電量は16.6万ワットと、日本最大かつ世界最大の
柏崎刈羽原子力発電所6号機/7号機の8分の1以下と非常に小さいのだが、
かりに、すべてが20年かかるとしても上記17原子力発電所の廃炉計画だけでも、
すぐに着手するとなると、相当な人的資源や膨大なコストが今後2030年代まで発生する事になる。
時事通信によれば、2013年5月段階で東海発電所の廃炉費用は総額885億円を
上回ると算出されており、単純に17倍したとしたら1兆5千億円以上の費用規模となる。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013051600981(時事通信2013年5月16日20:13配信)

ノウハウ蓄積によって費用軽減が抑えられる一方で、発電規模および発電所システムの差異によって、
費用は減るとも増えるとも考えられ、結果として作業開始前から廃炉に関する予算を厳密に
見積もる事は非常に困難だと考えられる。
これは、同じように廃止措置を進めている日本原子力研究開発機構の「ふげん」の現状について
福井新聞が報じているように、核燃料の処理過程が十分に稼働せずに、
取り出した核燃料や放射能物質処理が、時間的に、技術的に不安定であることが最大要因である。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/npp_restart/39520.html(福井新聞2013年1月24日6:59配信)

つまり原子力発電の廃炉作業に至るプロセスは、やっと始まったばかりの段階で、
福島第一原発事故が生じたために、廃炉後の最大ネックとなる放射能汚染物質の処理が、
さらに困難になっていることが二重に廃炉作業を難しくしてしまっていると言える。

福島第一原発事故発生後、津波などによって生じた瓦礫処理を巡って、
日本中で放射能汚染が懸念される瓦礫を受け入れることには反対という声が上がった。
同時に原子力発電所を廃炉にすべきという声が生じた。

仮に、原子力発電所を廃炉にして、その場所で放射能汚染物質を保管する事にしたとしても、
廃炉処理進行を効率的に実施する為には、
いずれかの場所で核燃料や放射能汚染物質をまとめて処理する必要が生じる。

日本中に原子力発電所が存在する以上は、日本中を放射能汚染物質が移動しなければならない。
ここは非常に大きな課題となることが想定できるのだが、いかに国民にその事実を理解してもらうか、
廃炉を求める人々にとって最大のネックとなるのはこの点であると考えられる。
費用面もさることながら、即時廃炉を行なうことは、政府の指示に最終的なGOを出す、
一人一人の有権者の指示を得ることからも、非常に難しいと考えざるを得ない。




さて、行くも困難、戻るも困難、そういった轍を踏んでしまっているのが現状だとすれば、
考えられるのは、別の道を探る事しかないのだろう。

思い切って、原子力発電に因らないエネルギー創出方法にはどんなものがあるのかを考える必要があるだろう。
経済産業省 資源エネルギー庁発行のエネルギー白書2013を確認してみたい。
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2013energyhtml/index.html

まずGDPを作り出すために必要な一次エネルギーの需要動向をみると、
戦後一貫して右肩上がりであったエネルギー供給は2005年前後で増加傾向は止まり、
現状維持もしくはマイナスが始まっているような傾向が見られる。
(参照:【第211-3-1】一次エネルギー国内供給の推移グラフ)

さらにその一次エネルギーの詳細を分解すると、産業分野での消費が効率化の進展で減少する一方で、
民生分野(家庭、商業/サービス業)分野の割合が増加が傾向にある。
さらに単身世帯の増加によって、各家庭に於ける電力消費量が増えているのも顕著になっている。
商業/サービス業の電力エネルギーへの需要集中と加えて、この民生分野の電力消費需要増がトレンドである。
また、一方のエネルギー消費セクターである輸送部門では、
旅客分野では高度経済成長期から続いているマイカーを中心としたガソリン消費、
貨物分野ではトラックを中心とした軽油消費のトレンドは大きく変化せずとも、総量は微減傾向にある。
(参照;エネルギー動向 http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2013energyhtml/2-1-2.html)

この点を踏まえて、その電力を作り出している発電方法に注目してみると、
全国発電端電力量の構成から見れば、
2011年度では火力発電が79.1%を占めており、原子力発電はわずか11.9%にすぎない。
事故発生前の2010年度によれば、原子力発電割合は30.8%から大きく変化していることが明確である。
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2013energyhtml/2-1-3.html(2013年エネルギー白書)
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2011energyhtml/2-1-3.html(2011年エネルギー白書)

つまり、家電分野の電力使用効率化を行い需要増加を抑えるとともに、
全発電の三割を賄う事が、原子力発電以外の電力エネルギー創出に求められるわけである。
2012年度の電源別発電量比率を電気事業連合会ウェブサイトより参照すると、
原発停止によって落ちた発電量をLNGと石油によって賄っていることが見て取れる。
http://www.fepc.or.jp/about_us/pr/sonota/__icsFiles/afieldfile/2013/05/17/kouseihi_2012.pdf

現在国際収支の兼ね合いやエネルギーの安定供給という指摘から原発推進派に追求される時点がこの点であるのであるが、
実際コスト的にどれほどの差が生まれたのであろうか。

内閣官房国家戦略室のコスト等検証委員会2011年資料によれば2010年現在の1kwh当たり発電コスト試算では、
2010年現在の原子力発電単価が8.9円に対して、2030年価格上昇を見込んでもLNG発電が10.9円となっている。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/npu/policy09/archive02_hokoku.html
これを踏まえて、2012年度の総発電量9236.1億kwhの30%を原子力発電に担ったとすれば、
原子力発電がLNG発電によって代替されることによって余分に掛かったコストは5,541億円に過ぎない。

もちろん、実際に2011年度、2012年度に発生したコストは、スポットの石油、LNG購入が発生しているため、
この金額を遥かに上回っているのだが、原発に依存しないことを前提にLNGに頼ろうとするコストを考えると、
前述の金額は一つの目安になるはずである。
つまり、現行の技術開発水準にあっても、実際のところ原子力発電の優位性はその程度の費用負担である。

福島第一原発事故による損害賠償費用は、実際に民意訴訟が始まっていないので検討もつかないが、
前述の国家戦略室の発電コスト見積もりで算出しているのが、5.8超円であることを考えれば、
現状においてもいかに原子力発電のコストが高止まりしてしまっているかが明らかである。
つまりは、LNGなど火力発電を行なう資源を安定確保できれば、原子力発電に依存しない電力供給は実現できるのである。

火力発電の熱効率は1951年18%から最新鋭の発電方法では52%に達している。
また、LNGの世界生産量は年々増加傾向にあり、埋蔵量は地域的な偏りが石油と比べても少ない。
また、ロシアに大量に埋蔵されていることに加えて、アジアでも開発が進んでいる点も日本には好都合であろう。
世界中での開発手段の多様化による供給源の増加に加えて、他の化石燃料に比べて環境負荷が低く、
世界的な需要増が見込まれることを鑑みてもコストは急激な上昇は考えにくいであろう。
(いずれもエネルギー白書2013より)


つまり、原子力発電を継続するという政策決定をするにしても、終了するという政策決定を行なうにしても、
すでに現状で生じている、LNGを始めとする火力発電への依存をコスト面で軽減することを進めて、
供給源を多様化するために、天然ガス開発と流通方法開拓を進めることが必要不可欠であると導きだせる。


これらを踏まえて、私は現状としては、進まない原子力発電を巡る議論に多大なエネルギーを費やす前に、
まずは、現状の電力資源確保のためのボトルネックとなっている天然ガス資源を安定確保し、
効率的に電力エネルギーに変えるための政策決定を支持したい。

その上で、繰り返し事故発生を起こす事のないような原子力発電政策をいかに進めるかを
世界中の知見を集め、全世界で建設が進む原子力発電所の安全運転、
廃炉に向けた研究を進める仕組みを整えるという二段展開を提案したい。


何も進まないままに事態が堂々巡りを繰り返す状態で、多くの電力会社社員を中心とするプロフェッショナルが、
建設的な取り組みを行なう事ができないことが、現時点で日本国民にとって最大の損失であると考える。
問題が起きた事をしっかりと検証する必要があるとともに、それ以外の体制をしっかり維持することが必要なのは、
多くの航空事故を経験した上で、発展を遂げている航空産業の例を見ても明らかである。

規制産業の代表例とされる電力会社であるが、国鉄が民営化されサービス向上を遂げたように、
多くのイノベーションを電力会社にも期待したいというのが、私の問題意識の中心である。

私の拙い夏休みの宿題は以上となるが、原子力発電を巡っての政策決定については、
今後も注意を払って考えていきたい。
JUGEMテーマ:原発
2011.3.11 | 23:08 | comments(0) | - | - | - |
「選挙2」想田和弘監督 鑑賞第一回目
 2011年4月あなたはどんな精神状態でしたか?
全国的に節電が求められていて、
テレビのCMは激減「ぽぽぽぽーん」って公共広告機構ばかり流れていて、 
街中にマスクをした人が溢れ、ミネラルウォーターが飛ぶように売れていたあの頃。。

あれから、わずか2年数ヶ月しか経っていないのです。未だに電車は節電モードです。
原発は一カ所を除いてみんな電気を発生させていません。
そんなことを久しぶりに思い出させてくれた作品でした。

国難と盛んに言われた2011年3月11日、
原発事故が起きて東京に済む外国人が逃げ出した3月15日、
当時いろいろなものが非日常だったのに、会社や学校、行政など多くの仕組みが
一瞬にしてそれをなかったかのように、3月10日以前に戻っていきました。


そんな途中で、川崎市議会議員選挙は4月1日より告示され、
映画の舞台となる川崎市宮前区では候補者が動きを始めます。
当初は、立会演説すら控えめだった候補者は、選挙カーで声を上げ始め、
前作「選挙」で繰り広げられたように、大勢の選挙運動員がひたすらに
「いってらっしゃいませ」を通行人に発しながら頭を下げている光景になりました。

主人公の山内さんは、他の13人の候補者が誰も原発に触れず、
起きている現実を直視しようとしない姿に怒りを覚え、公示直前に立候補しました。
そして、前回の選挙スタイルは一切封印し、選挙カーを使わず、選挙事務所を置かず、
選挙ポスターと選挙公報、選挙ハガキのみで選挙に臨みました。
立ち会い演説も最終日の一日のみでした。(防護服スタイルで・・・)

立候補者としての山内さんには、確かに突っ込みどころは満載です。
選挙はがきを出したのは選挙前々日だし、
選挙中ポスター掲示状態チェックしかしてないし、
選挙中区外の東国原さんの選挙応援している場合ではないし、
知人にハガキを書いてもらうのも宛名適当だし、
けれども、冷静に考えて普通に選挙運動をやっている場合でしょうか。

選挙カーで候補者名を連呼することも、駅前で半強制的に握手することも、
駅前に立って名前を連呼することも、公費2000円を支給してもらい立派なポスターを作る事も、
選挙運動の一環として義援金を募る事も、大勢の運動員を雇う事も、
もっと他にする事があったのではないでしょうか。特にあのタイミングでは。

まだまだガソリンは不足していました。
福島などを中心として東北の被災地は多くの人が体育館で生活を余儀なくされていました。
東京電力管内では3月28日まで計画停電が実施されて、電力供給はかなり不安視されました。
街中に放射能汚染を気にする人があふれ、花見すらまともに行われていませんでした。

前作「選挙」は選挙の仕組みがおかしい事を考えていればよかったのですが、
「選挙2」は異常事態のタイミングでさらにその仕組みがおかしいことを考えなければ、
その本来の姿は見えてこないように思います。

この映画を見ていて、
立候補者が政策を訴えても聞き耳を持たずに通り過ぎる有権者、
当選すれば市議会議員となる立候補者に会話しようとしない有権者、
権利を持つうちの半分以下しか投票しない有権者、
選挙で自分のことをPRしているにも関わらず仏頂面で辻立ちする立候補者、
公の場所での選挙運動を撮影する事を拒否する立候補者、
様々な疑問点が浮かんで来て仕方有りませんでした。

多くの人々がそれを気付いても気付こうとしようとしていないのではないでしょうか。
そんな2011年4月の光景は、今もって全く変わっておらず、
原発、TPP、憲法改正、外交、など多くの懸念点を指摘されつつも、
戦後最低の投票率の結果、自民党が衆議院の過半数を獲得したことに顕著に現れています。

この現実は、「映画2」に全て詰め込まれている。
私たちは現実に起きている事実を理解しているつもりで、実はほとんど観察できていない。
だからこそ、観察映画「映画2」の意義があるのである。
JUGEMテーマ:今日観た映画
2011.3.11 | 01:04 | comments(0) | - | - | - |
津波被災地見学。福島県いわき市
津波被災地

ほんの二時間弱でしたが、
津波によって集落が壊滅的な被害を受けた場所を歩きました。
場所は、現在常磐線で行ける最北地、福島県いわき市の久ノ浜です。
津波被災地
鉄筋コンクリートなどで、
一部原形をとどめている建物があるものの、
その中の家財道具類はグチャグチャで、もちろん人の気配がない状態です。
一方、少し崖を登った場所には洗濯物が干してあり、
生活感が漂う住宅がありました。
波が見える海辺の町は日本中に沢山存在しています。
人口ももちろん山手より多いわけで。

私が、この町を歩いた感想としては、
いろいろな場所がいつ水に飲まれてもおかしくないとの想いです。
先日来、台風による豪雨でもショッキングな光景が報じられていましたが、
自然の脅威はすぐ側に存在しているという日本の土地柄、至極当たり前のことを、
疎かにしてしまっている人が沢山いるのではないかと考えさせられました。

日本列島の歴史は大陸に比べて、
遥かに新しく日々変化を繰り返しています。
プレートは沈み込み、
火山活動は活発で、大小様々な要因の地震がおこっています。
台風は毎年通過し、
ゲリラ豪雨に代表されるような気候の変化も大きくなっています。
他方、河川は人工物で固められ、
森林管理は万全な状況ではなく、埋め立てられた土地も拡がる一方です。

日本の歴史史上、
初めて継続的に人口が減るという大きな変化を迎えるなかで、
自然環境との付き合い方も
根本的に考え直すタイミングなのではないかとふと考えさせられました。

沢山の人が、
津波の跡を見ておくべきだと強く感じました。
いつか起きうる、
自らが巻き込まれる災害の被害を抑えるためにも。

以下、この被災地の写真です。

津波被災地
「思い出のあるラベンダーなのでそのままにして下さい。」

津波被災地

津波被災地
津波被災地
JUGEMテーマ:原発
2011.3.11 | 18:27 | comments(0) | - | - | - |

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.