黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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新しき民 山崎樹一郎監督作品鑑賞
JUGEMテーマ:映画
権力にはどうせ抗えない。
かといって、地元の人々が権力に立ち向かおうとする動きに表立って反対するわけにはいかない。
引くも後悔、進むも後悔、そんなときどうすれば良いのか?

こんな現代日本にそのまま当てはまるようなテーマを描いたのが、岡山県で作られたこの「新しき民」という映画です。
山崎監督の前作「ひかりのおと」を鑑賞した際に、この作品の構想とティーザ動画を拝見し、この作品は観たい!
そう思って2年以上ですが、その感覚は大正解でした。

この作品は、岡山県の北寄りに位置する津山藩の山中という土地で起こった実際の一揆を背景にして、
それによって生活の基盤を大きく揺らされる農民 治兵衛の姿を通して、そこに生きた人々の営みを描いた時代劇です。

この作品では、統治者藩の考え、平野部の農民の考え、山で暮らす郷民の考え、それがぶつかるなかで、
起こった一揆の中心人物のすぐ側に、治兵衛が位置したために、彼の平穏だった暮らしを一気にめちゃくちゃにしてしまいます。

お腹の大きい妊婦である妻を抱え、百姓仕事にあたりながらも、
罪によって幽閉されている古くからの友人を見舞う心優しい治兵衛。
小作人でありながらも、使用人である庄屋の子どもからも慕われて、夕飯をご馳走になるほど信頼されている彼の仕事ぶり。

平時であるならば、何の問題もなく、米などを作りながら子供を養えるはずですが、
収穫は不作、藩の財政は困窮、しかも藩主継承失敗により藩地没取が噂される事態。
その頃の津山藩は大いに揺れており、百姓ですら自らの食糧を確保することに汲々としている状況でした。
だからこそ、その百姓から食糧供給を受けている山間の郷民はさらに厳しい台所事情であり、藩に対する怒りは著しいものでした。

治兵衛はその混乱を乗り越え、生き残るために余所に逃げて身なりを変えて農具を作る仕事に精を出します。
一揆を止められなかった藩の重役も、職を追われ没落し、商人の使いにその地位を落とし、質素な生活を余儀なくされます。


と、物語は展開するのですが、あまり詳しく書いてしまうと、
これから作品鑑賞する方にネタばらしになってしまうので、ここらにしておきます。

治兵衛を取り巻く環境は、日本という国の経済が決して明るくない21世紀の現代と重なるところがあり、
税金は増え、収入増加はあまり見込めないのは共通しています。
選挙でも、既存与党の勢いが変わる兆しもないですし、
表立って権力に対峙するグループは社会的に少数派に過ぎないのが現実です。

そんな社会的な混乱した時代を生きているのは、考えてみれば、この作品に描かれている幕末に向かう江戸時代だけではなく、
1945年前後にも、1590年前後にも、1334年前後にも、 1192年前後にも、
日本という国全体が混乱に陥った歴史は存在しているのです。
もちろんそれは統治者を中心とした混乱であった時期もありましょうが、
日々を過ごすための仕組みが変わるのは、自らの食糧を自らで作る農民にとっても大きな変化であったことは想像に難くありません。

社会的混乱期に、統治者側に存在しない一人一人の人物が、
周囲に動揺せず人生を歩んでいくには、自分がやるべきことを自分で見つけ、
周囲の人間を敬いながら、新しい時代に希望を持てるために、出来ることを1つずつやっていくしかありません。

この映画でも、武士の家計簿という映画でも描かれているのですが、
社会的な混乱期には、その混乱に乗って名を挙げようという誘いが非常に多くなります。
だから、その誘いに乗らずに、自分で自分の道を切り開こうとするのは並大抵のことではありません。

ただし一旦自分でそのビジョンを身につけた人間は、どんなことが起きようとも、
他人からどんな中傷を浴びようとも、己の信じた道を歩いていくことによって、さらにその自信を深めていけるはずです。

この映画「新しき民」が描いたテーマは、非常に多岐に及んでいて、一度の鑑賞ではそれが十分汲み取れていないところもあります。

岡山には閑谷学校という庶民のための学校が備えられ、自藩・他藩の人材も受け入れ、300年以上にわたって教育が施されてきました。
この学校は、運営費も独立した財源を確保するように工夫され、多数の国を担う有力者が輩出され続けました。

時代を超えて生きること、現実を見据えて自分の力で世の中を切り拓くこと、これはイコールであるはず。
そのようなメッセージが込められた優れた作品でした。

これを作った山崎監督が農家を主に、農閑期に映画を制作されていることは、紛れもなくこの作品の力になっています。
地方創生が叫ばれる今だからこそ、多くの人々に見て欲しい。そう強く願わずにはいられません。

 
映画 | 21:42 | comments(0) | - | - | - |
愛すべき昭和・平成のおじさん 広河隆一 人間の戦場 鑑賞。

今日、長谷川三郎監督作品「広河隆一 人間の戦場」初日にお邪魔しました。

新宿のケイズシネマは初体験でしたが、とても見やすい規模感のシアターでした。

私は、数年前にDAYS JAPANでほんのちょっとボランティアをしました。

今の丸井春編集長が、まだDAYSで本格的に働かれる前の時期で、

その時には、何度か広河さんとご飯をご一緒したことがあります。

紹興酒を軽く飲みながら、過去の取材エピソードを話される姿は、

とっても印象的で、取材時などに見せられる厳しい表情ではなく、

とてもお茶目で、笑顔が素敵な好々爺(失礼ながら)といった雰囲気でした。

そんな、私が好きな広河隆一さんが惜しげもなく描かれているのがこの作品でした。

長谷川三郎監督の初回監督作品は、福島菊次郎さんが主役の「ニッポンの嘘」なのですが、

この作品でも、主役のチャーミングな表情を引き出す術は流石で、

是枝監督作品でも著名な山崎裕カメラマンの腕と合わせて、98分間魅了されつづけでした。

この作品では、広河さんが取材で頻繁に訪れられている福島県、

パレスチナ自治区、チェルノブイリに近いベラルーシ、そして沖縄県など、

多くの場所で、何故それぞれの活動を行い、どういった取材をされているのかを、

長谷川監督が聞き出していくシーンを中心に作品が構成されています。

私はそれほどの広河さんフリークではないので、もちろんながら、

この作品で初めて知った広河さんの取材活動も多数ありました。

いろいろな土地で、様々な人が命を落としたり、怪我をしたり、病気になり、

故郷を追われ、生活している拠点を探し求め、将来を悲観している姿を、

広河隆一さんのカメラによって切り取られとっている背景が、

その土地で撮影された写真とともに収められていました。

広河さんがジャーナリストとして自らの危険を顧みず、

自らの尊厳を認められずに排斥されている人々の姿を収めているのは、

多くの目の前で亡くなっていった人々の悔しさが胸にずっとあるからだそうです。

昨日と変わらない今日があり、その延長線上に明日がある。

日本のある場所で、生活するのにそう困らずに生きているとそんなことを、

考えずとも、日々を無駄に浪費しているのが、私たちなのかもしれません。

そうしている現在でも、DAYS JAPAN紙面で毎月伝えられているように、

多くの人々が国家によって謂れ無い攻撃を受け、命を落としています。

日本国内にあっても、福島第一原発事故によって生まれた土地を奪われたり、

苦しい家計の中で、ご飯も満足に得られずに希望を持てない子どもも存在します。

DAYS JAPANにはこう謳われています「1枚の写真が国家を動かすこともある」。

実際に、広河隆一というジャーナリストは、戦場や放射能汚染地域から、

一枚の写真によって国際世論に働きかけ、国家を動かしてきました。

しかし、あくまでもそこに流れているのは、カメラの目先にいた

一人一人の人びとに、どうしたら力になれるのだろうかという小さな動機なのではないか、

この作品を鑑賞しながら、そんなことを考えさせられました。

この作品のパンフレットに林典子さんが寄稿されているように、

広河さんは人使いが荒くて怖いといった印象を一時的にも持ってしまう人は多くあります。

現に私の知った人でもそういったことを呟いていらした方はちらほらです。

ただ、ある意味でそれが昭和という日本の時代の良さだったのではないでしょうか。

地域の子どもに対して小言をいう近所のオヤジは、子どもからは嫌われますが、

大人になった子ども達が記憶に残っているのは、そんなオヤジだけなのです。

いつも親切に優しい言葉をかけてくれた人のことはあまり記憶していません。

そんな昭和の面影を色濃く残している広河さんですが、

子ども達に接するときに見せる表情は、本当に可愛らしい限りです。

この作品中でも、たくさんの子どもと接する場面が登場しています。

子ども達に楽しいと思える未来を作ってあげたい、

広河さんの原動力は、まさにそこにあるのではないでしょうか。

日々、自分自身のことで汲々としている日本人が溢れる中で、

広河さんのその姿勢は、非常に稀有であり、お手本とするべきものだと思います。

ただし、それはあくまでも広河さんだからこそ出来る生き方でもあります。

私は何ができるのだろう、そしてこれから何をしたいのだろう。

そんなことを作品を見終わって考えてしまっている私という存在がいます。

広河隆一という人物を描いたドキュメンタリーであるのに、

最終的には、自分という存在を考えさせられるきっかけになりました。

とても素敵な映画を初日に見られたことはこの作品に携わった多くの人々、

そして、私が出会った素敵な広河さん応援団の皆様のおかげです。

私にできることは、なんだろう。

それを見つけて、一歩を歩みだしてみて欲しい。
 

この映画で長谷川監督が、広河さんを通して伝えたかったメッセージだと感じています。

広河隆一さん
(こちらの写真はパンフレット掲載写真を拝借しました。)

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映画 | 16:02 | comments(0) | - | - | - |
野火 塚本晋也監督・主演作品 鑑賞

先週の日曜日にこの映画「野火」を渋谷ユーロスペースにて鑑賞しました。

屍体がゴロゴロと登場する作品でしたが、その後の食べ物を寄せ付けないほど、

衝撃的な印象を受けなかったような気がしました。

しかし、映画館を出た足で、そのまま書店に出向き、大岡昇平著の原作本を求めました。

普段は、映画を見た日に、その記憶が冷めない時間で感想を書く私ですが、

この作品は、すぐにコメントしようになく、今になってしまいました。

しかし、この映画を一人でも多くの方に見て欲しい、そう願い駄文を綴ることにします。

この作品の原作本著者である大岡昇平氏は、

1944年に招集されてフィリピンミンドロ島に赴任し翌年米軍の捕虜になり、

帰国後1949年に文壇デビューし、1952年にこの作品を世に出しています。

大岡著「野火」を塚本晋也監督は、高校生時代に手にとって、その衝動のまま、

この作品を映像化することに突き進んでいくことになり、約40年後この作品が完成しています。

日本兵の活動地域を踏まえて、大東亜戦争と呼ぶのが相応しいと思いますが、

その戦争で、様々な餓死兵が出たことは教科書、テレビ、書籍などで知られている事実でしょう。

日本国内はもとより、太平洋諸島、ロシア、中国、その他の国々で、

満足な食料すら得られることなく誰にも知られずに亡くなった日本兵は数十万単位に及びます。

この結論は、大東亜戦争を歴史的事実として客観視できる後世の人間には自明の事実です。

緒戦はともかくとして、戦闘を続けるごとに敗色が濃くなっていく日本軍において、

海外で兵站を担える土地は減る一方でした。

一方で国内も物資が急激に減りつつある中で、海路・空路など輸送路も敵によって封じられます。

どんなに海外で戦う兵隊が希望を抱いても、彼らに助けを与える余裕はありませんでした。

(ここから多少ネタバレありです)

そんな状況の中でフィリピンのレイテ島を彷徨う、

一人の負傷兵「田村一等兵」がこの映画の主人公です。

彼は、肺を患い肉体労働ができない状態となり、除隊後野戦病院行きを余儀なくされますが、

そこはさらなる酷い負傷兵の溜まり場であり、その場にも居場所はなく野に放たれます。

原生林が生い茂る島を彷徨う中で、多くの死者を見続けて、人間としての尊厳が

麻痺していくなかで、兵士同士の殺し合いの場所にも遭遇し、

自らも現地民を殺さざる得ない状態に置かれました。

生きること死ぬことの境界線が見えない環境に苛まれる日々を超え、

気が付いたら捕虜収容所にて目が覚めて、日本での作家として生活をするも、

その光景が頭から離れず苦悩の日を送っているという場面でエンドロールが流れました。

(ネタバレ部おわります)

映画自体のストーリーを流してみると、決して複雑なものではありません。

しかしながら、一つ一つのシーンに、「人間とは何か?」「社会とは何か?」

「国とは何か?」「戦争とは何か?」そういったものを突きつけるものが溢れていて、

見るものに与える衝撃は並大抵のものではありません。

それは間違いなく、大岡昇平氏の苦悩であり、

彼に代表される兵士の状態を招いた大東亜戦争というそのものの苦悩なのでしょう。

安全保障に関する議論で、「戦争になるならない」とか議論がなされています。

なんと軽はずみな言葉遊びなのでしょうか。

70年前の大東亜戦争を思い浮かびるまでもなく、現実にISILに苦しむシリア人は数知れません。

米軍の掃討作戦に参加して、人間不信になって兵役解除された米軍兵も途切れません。

日本は明治維新期を迎えるまで近代的な戦争国家ではありませんでした。

もちろん鉄砲など飛び道具は存在しましたが、如何に負けたものの屈辱を抑え、

戦闘に勝利するかをしっかりと認識した上で戦争が繰り広げられました。

明治維新期から近代的な軍事システムをもつ国家に移行したように見える日本ですが、

1870年代から2015年の現代に至るまで、現場の兵は使い捨ての概念です。

未だに大東亜戦争の戦没兵の遺骨収集すら満足に行われていません。

今でも、アメリカでは兵役戦没者の死体を捜索し丁寧に弔う仕組みが存在します。

一方の日本では、有事法制が進められていても、自衛隊の戦死者を保証する仕組みは、

全く不十分なままで、あくまでも戦争には参加しないという建前のままで事態は推移しています。

「野火」を見ながら、屍体を見て人間としての尊厳が麻痺する田村一等兵を見るにつけ、

戦争がない状態が70年続いて、戦争は他人事のようであり、

平和というものの存在が麻痺する現代日本を思わずにいられませんでした。

目の前の人間を信じることができない状態が戦争末期の姿であると、

この作品は随所随所で訴えています。様々な人間同士の無情な行いを通じて。

この作品を観て私が感じたことは、常時戦場というものを意識できるか否か、

これしか結局、人間を信じることはできないのではないかということです。

人間は歴史上、常に大なり小なり生存のために、他者との争いを行なっていきました。

技術がどれだけ進もうとも、生存できる場所が限られる限り、

その土地を巡る争いが収まることはありません。

では、今を生きるならば、いつか死ぬならば、どうやって人々と付き合っていくべきか、

感じることがこの地球に生まれてきた定めではないのか、

そんな感想をいただいた作品でした。

まだ大岡昇平著「野火」を読み終わっていません。

時間をかけて、彼が伝えたかったことを紐解いていきます。

それが必ず今後の社会の作り方に役立つと信じて。

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映画 | 11:51 | comments(2) | - | - | - |
沖縄うりずんの雨 ジャン・ユンカーマン監督作品 鑑賞

1853年に上陸したペリーが当時の琉球国を占領する計画を持って、

上陸しその後、東アジア進出を遂げていく足がかりとして

沖縄を利用したことからこの作品は始まります。

沖縄戦によって、その念願が遂げられ米国占領下におかれ、

現在も日米両政府によって、沖縄の人々の声が反映されないまま、

新しい辺野古基地建設が進められていることを、
この作品は、関係者の証言や、数々の映像を駆使して2時間28分にまとめられています。

ジャン・ユンカーマン監督は、横須賀海軍基地の軍医であった父の仕事の関係で、

生まれて3ヶ月で来日し、スタンフォード大学を経て、沖縄を訪れました。

そこで6ヶ月間、反戦兵士たちの支援活動に携わったことで、

沖縄がアメリカの占領下にある実態を目の当たりにして、

世界中の人々に沖縄の実態を伝えることが、

自分の人生の仕事の一つと考えるようになったそうです。

この作品でも、沖縄戦を戦った元日本軍人である近藤一さんに、

沖縄戦当時の凄惨な映像資料を示しそれを解説しながら、

当時の話をインタビューする姿が収められています。

アメリカの血を受けた監督だからこそ、この作品が成り立ったのかもしれません。

1995年に12歳の女性小学生をレイプした元軍人のインタビューは、

彼自身から承諾を得ることも大変だったでしょうし、

ましてや彼の苦悩溢れる姿を映像として収めることも困難だったでしょう。

沖縄に展開した沖縄戦を戦った米軍兵士のインタビューや、

沖縄に駐留し、1970年12月にアメリカにも衝撃を与えたゴザ騒動を目の当たりにした

元アメリカ軍憲兵隊員のインタビューも非常にリアリティに溢れています。

一方で、沖縄で本当に苦しい生涯を余儀なくされた人々のインタビューにも、

彼女ら、彼らに寄り添うことで、その声・表情・しぐさから、

様々な出来事が起きた当時のことを再現させるものをしっかり捉えています。

パンフレットにて、元沖縄県知事の大田昌秀さんが、

「この作品を見るだけで沖縄の過去・現在・未来についてよく理解できるに違いない」

と語っていらっしゃることを見ても、この作品の価値は間違いないものだと思います。

現在沖縄を巡っては、普天間基地移転に伴う辺野古新基地建設に対して、

内閣と沖縄県の対立、そしてそれぞれを支援する人々の対立だけがクローズアップされています。

しかし、そこに至るまでには、本当に複雑な問題が絡み合っている事実を見逃してはなりません。

なぜならば、現実として沖縄県には、数多くの基地が至る所に存在し、

それが統治者であるはずの日本政府にとって深刻な問題だと考えられていないからです。

だからこそ、ニュースになるような大きな出来事が起きるたびに、

沖縄の当事者の人々と、本土など直接実態を知らない人々との隔たりが広がっていきます。

沖縄に存在する米軍基地は建設される前から、今現在まで、

常に世界中で起きる戦争と直結しています。

沖縄に生活するの米軍以外の人々は、直接武器を持って攻撃をしないにもかかわらず。

この映画の中でも太田元知事がシンポジウムで語られていますし、

パンフレットでも記されていますが、沖縄にとって、世界にとって願うべきことは、

沖縄を軍事拠点にすることではなくて、様々な人々が民主的な考え方で、

平和を形作る発信基地となることなのです。

そのためにまず必要なことは、まずは沖縄の現実を知ることしかありません。

日本本土の色眼鏡で見ると、沖縄県に米軍がなければ経済的に成り立たない、

そう語る人が今でもかなりの割合を占めるのが現実です。

しかし、一度でも沖縄本土を縦断してみればわかりますが、

観光客がお金を落としている場所は、基地に関係ない場所ばかりなのです。

それは日本人はもちろんアメリカ・中国もその他の国からやってくる人も皆。

沖縄の自然や文化、芸術やそこに住む人々に出会いに訪れる人々にとって、

米軍の存在は付属品に過ぎません。

もちろん、米軍基地が沖縄に存在することに、様々な意味があることは理解できます。

しかしながら、その事実だけを持ってして、現状を何も変える必要がないと結論付けるのは、

甚だ乱暴なのではないでしょうか。

少なくとも1945年の太平洋戦争終結から70年の月日が流れました。

様々な戦争や戦争の危機がなくなったわけではありませんが、

少なくとも、帝国主義で軍部が幅をきかせれば人民を統治できる時代ではありません。


日本に生活している私たちが、

民主主義とは何かを考えるためにも、この作品を多くの方が見る価値は、

これだけ安全保障が国会でも注目を集めているなか、非常に大きいはずです。

沖縄ではそこで暮らす人々が、現状はおかしいと声を挙げ続けたからこそ、

社会が少しずつ変化してきたのです。

日本全体でも、民主主義の危機が訴えられる世の中です。

今こそ、沖縄に学び、自分たちができることを考えるために、

じっくりとこの作品から、自分自身を見つめ直したい、私はそう感じています。

沖縄うりずんの雨

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映画 | 01:07 | comments(2) | - | - | - |
はじまりのうた ジョン・カーニー監督作品 鑑賞
昨日のブログを読んだ私の師からメッセージが届いた。空虚な他人事語りだなと。
まさにご指摘通りで、未だに何と返したらよいのか分かりません。

そのような精神状態だからこそ、この映画をみて、
音楽を聴いて、そこに書かれた歌詞を読んで共感を覚えたのかもしれません。

http://inconspicuous.boy.jp/WordPress/12-a-step-you-cant-take-back/

君は何かリスクを取っているのか?
そう聞かれたら何も返せない。
何故ならば自身を持って語れるほどのリスクを取って日々を送っているとは思えないから。
それでも、決して今に満足している訳ではない。
ホントは、心の何処かに持っている希望の欠片をだけを頼りに走り出したいのかもしれない。

そんなことをグサッと突き刺されたようなストーリー展開に、
映画を観て以降色々な感情が渦巻いています。



学生時代から音楽仲間であり美声の持ち主である彼氏と共に、ニューヨークにやって来た彼女。
彼が映画の主題歌に採用され、大きなレーベルと契約したことで、当時は幸せの絶頂期。
しかし、新しく仕事のパートナーになった会社の女性に恋し、
彼女を想って書かれた歌を出張帰りの彼氏に聞かされて愕然とし家を飛び出した彼女。


不意のどん底にいた彼女は、それこそ古くからの音楽仲間の男性とストリートで偶然の再会。
落ち込む彼女をジャズバーに誘った男性の呼び掛けに応え、突如ステージに登壇する彼女。
ちょうどその場所に、同日著名レーベルの創始者ながら、
現社長に解雇された音楽プロデューサーが泥酔の中訪れていた。


BARで彼女の歌声に耳を傾ける人は殆どいない中、
プロデューサーの彼は、胸の底から湧き上がる久々に迸るサウンドイマジネーションに、
今置かれている境遇を忘れ、ギター一本で弾き語りをする彼女の背後に、
バンドサウンドを想像し、終始興奮を余儀なくされる。

その晩、呑みながら、お互いの不遇を語り合い、音楽への情熱をぶつけあった二人は、
実力ある無名のバンドメンバーとともに、ニューヨークの街角でアルバムを作成する。


この映画はそんなストーリーです。


私は、9年前新卒で就職した仕事を辞め、アメリカに旅に出ました。
行く当てもなく、ただアメリカをひと月回ろうという意思だけでした。
最初に降り立ちしばらく滞在したのがニューヨークでした。

タイムズスクエア、グランドゼロ、ウォール街、メトロポリタンミュージアム、
Moma、セントラルパーク、5thアベニュー、国連本部、自由の女神、
エンパイアステートビル、マディソンガーデンスクエアなど、世界的に有名な場所を歩き回りました。

そして、そこまで治安が良くなさそうなエリアのホテルに宿泊したこともあり、
この街で暮らす豊かでない人々の生活を垣間見たのでした。


夢もあり、希望もある、けれども、どこか空虚で捉えようがなくて、
それでも何かを表現したいと思っている人々が沢山そこにいる。

私はそんな感想を抱いて、たった1週間ほどしか居なかったにも関わらず、今でも憧れの場所です。

もちろんこの映画を見て、ニューヨークって素敵な場所だなあという感慨は湧いてきますが、
この映画のストーリーから得られたのは、それ以上に、


”その場所で咲けない花は何処でも咲けない”

というメッセージでした。


最愛の彼氏を失った彼女は当初失意に苛まれますが、
自らが創り出す音楽によって、周囲の人々に少しずつ笑顔を与えていきます。

その笑顔を見ることで、彼女はどんどん笑顔の時間が増えていき、
元彼氏に優しい歌を贈ることが出来るまでに復活します。

そして、覇気を失って、傍若無人に振る舞っていたプロデューサーも、
彼女の活き活きとした行動と音楽に魅了され、壊れていた家族との絆も取り戻していきます。



私は、何も失意のどん底でなく、夢も希望もない訳でもないのですが、
この映画を観ながら、感じるところに限度がなく、何度も涙を流してしまいました。


何処を探したとしても、どこにも希望の欠片はなくて、
自分の心にしかないことを改めて感じさせてくれた映画でした。

ここでないどこかへと、求めるのは簡単で、
自分の本当の気持ちを探るのは難しい作業なのかもしれません。

けれども、そこに辿り着かない限り、ずっと何かを探し続けなきゃいけない。
それをわかっているつもりで、ちっとも分かっちゃいなかった。

もはや映画の感想なのか、
個人の気持ちの吐露なのか分からない記事になりましたが、
今のモヤモヤを書き留めたくて、つらつらと続けました。


お付き合いいただきありがとうございました。
恥ずかしいとは思いつつ、今しか書けないと思いこの場に残します。
セントラルパーク
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映画 | 00:01 | comments(0) | - | - | - |
アラヤシキの住人たち 〜長野県小谷村の真木共働学舎を追ったドキュメンタリー 〜 鑑賞

まずこの映画の冒頭に紹介される共働学舎の創設者、

宮嶋眞一郎さんの言葉を紹介せずには要られません。

――――

あなたという人は地球始まって以来、絶対いなかったはずです。

あなたという人は地球が滅びるまで出てこないはずなんです。

わたくしはそう思っています。

――――

そう、この言葉がこの映画のテーマになっています。

長野県の山奥で様々な土地から集まった元々所縁のない人が集って共同生活をする。

それぞれが自らで働ける作業をやり、会話をし、同じ時間を過ごす。

もちろん時にはお互いの意見がぶつかり合うこともあるが、

そんな時にも、時間をかけて会話を重ねることで妥協点を見出していく。

東京で仏頂面で日々を過ごしている私が、忘れてしまった光景がそこにありました。

真木共働学舎で暮らす人々は「アラヤシキ」という大きな茅葺屋根の家に住んでいます。

90年前に建てられたこの大きな家は、もちろんのこと屋根も葺替えが必要です。

電気は通っていますが、炊事も暖房も自らで伐った薪がエネルギー源です。

お米も野菜も卵も自家製、犬と猫と山羊も一緒に生活しています。

共働学舎の創設者の次男である宮嶋信さんを代表に、13人の住人が登場します。

それぞれに個性的な方ばかり。もちろん、都会の生活に馴染めなかったり、

対人コミュニケーションが得意ではなく、一般のコミュニティーでは、

除け者扱いされてしまうだろうメンバーもここにはいらっしゃいます。

だからもちろんながら、みんなで田植えをするときには、手際よく沢山の

苗を植える人がいる一方で、数少ない苗を植えるのも往生する方もいらっしゃいます。

けれども、おしゃべりでお仕事が遅い人には、宮嶋さんの奥さんが、

優しく話をかけてくれて、お仕事の手伝いをしてくれます。

お父さんヤギ・お母さんヤギ・そして子ヤギ、犬と猫も、

住民にとっては大切な仲間で、いろいろなところで肌を触れ合い、

動物たちも楽しそうだったり、嫌がったり、いろんなコミュニケーションを図っています。

アラヤシキに夏滞在していて数日で突然いなくなった21歳の男の子は、

全国を放浪したのちに、結局この場所に戻ってきました。

いろいろな場所に行ったけど、どうしても馴染めなくて逃げることを繰り返した結果、

真木で逃げないで頑張ろうと決意を他の住民に向かって涙ながらに訴えます。

突然出て行って、また突然戻ってきたことに納得のいかない住民が、

きちんと説明して欲しいと大きな声を出すのですが、

宮嶋さんは、男の子の決意を聞いた上で、いつでもいろいろな人がやってこれる

この真木協働学舎の意味を説明しながら、お互いの間に入ってじっくりと、

気持ちが高ぶっている二人の気持ちを落ち着かせていきます。

山深いこの真木の地は、かなりの積雪地帯のため、冬は雪に閉ざされます。

夏であっても結構な山道を登る土地なので、この場所を求めてくる訪問者以外は、

ほとんど人の出入りもない状態で、農業などに従事する以外は時間を費やす術もありません。

(もちろんアラヤシキの中で本を読んだり、会話したりはあるのは当然ですが)

私は、福岡の平野部とはいえ、適度な農地が拡がる地域で育ったため、

この映画で出てくる光景を見ながら、非常に懐かしい気持ちになりました。

田んぼで田植えもしたことがありますし、稲刈りも、

かまどはなかったのですが、母親の実家で火おこしをするのはいつものことでした。

汲み取り式の便所の糞尿を汲み取って畑に運ぶ手伝いもなんどもやりました。

祖父と祖母とともに、みかんの収穫をやったり、お茶摘みも手伝いました。

そんな子供の頃の光景がたくさん思い出されて、

この映画を見ながら、何度涙を流してしまったか覚えていないくらいです。

都市で暮らす人々が、いきなりここまで隔離された生活を送るのは難しいでしょう。

それもたとえば一年間といった長期間に渡っては。経済的にも社会的にも。

ただし、少なくとも、たまには貨幣に換算できない、こういった暮らしを

味わっておく必要が、動物としての人間には必要なのではないでしょうか。

自然に触れて、食べ物の恵みを感じ、共に働く人に感謝する。

雨が長く降る天候のときには、早く太陽が出て欲しいと願い、

あまりにも晴れた日が続くときには、雨を待ち望む。

足を知るということばを、実体験として理解出来る人は、

とても少ないご時世だからこそ、アラヤシキで生活している人を追った

この作品から感じるものは、とても多いはずです。

映画に流れている光景がスローであることはもちろんのこと、

この映画自体が、スローな展開を心がけてあることもあり、

ほんの117分間の映画の時間に、数年間が過ぎたような感覚を得たような気がします。

インターネット、経済活動などなどによって、時間軸がどんどん短くなるなか、

改めて、自然の時間軸に触れることの意義は、

人間という生き物本来の姿を取り戻すことなのではないか、

そんなことをとっても考えさせられた作品でした。

最近、誰か人の眼をゆっくり見たことはありますか?

動物園でも、ペットでも、自然の動物でも、場所はどこでもいいですが、

じっくりと生き物を観察したことはありますか?

目的なしに旅に出向いたことは最近ありますか?

いずれもNOと思った方は、是非ともこの作品を観て欲しい。

そう、とっても強く思います。そして、すこし時間軸を広くとる練習をしましょう。

きっと、見えていなかった新しい世界にちょっとだけ出会えるはずです。

私は、出会えた気がします。

せっかく思えたこの気持ち、忘れそうになったらヤギを見に行こうと思います。

きっと「アラヤシキの住人たち」の雰囲気を思い出させてくれるはずだから。。。。
アラヤシキの住人たち

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映画 | 01:16 | comments(2) | - | - | - |
戦場ぬ止み 三上智恵監督作品鑑賞
戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)をポレポレ東中野にて鑑賞した。
私は映画初日鑑賞が好きだ。なぜなら監督などトークがあるからだ。
今日は、初回上映が満員とのことで急遽決まったレイトショーに参加した。
まずは見終わって、舞台挨拶の大久保カメラマンが発された言葉には深い教唆を得た。
 
取材で辺野古に向かっていると、沿道は米軍基地ばかりなのですよ。
戦争に負けたんだなって強く感じました。

彼女は3•40代で沖縄に縁がある方ではないので、この取材を通して、
沖縄の現実を目の当たりにしたそうである。
そう、この実体験こそが、本土の人に圧倒的に不足している情報なのかもしれない。

沖縄の人は基地反対というけれども、基地がないと経済的に成り立たないでしょ。
米軍基地移設を巡ってニュースが取り上げられると多くの人はそうやって蓋を閉める。
しかし、冷静に考えてみると、沖縄戦があったからこそ、米軍に占領された。

その結果として、アメリカの領地となって、強制収用されて米軍に土地を奪われたのだ。
見返りに経済的な恩恵を受けるのは当然の権利であり、その結果として、
自らの意思で生活スタイルを選べない状態に置かれていることは理不尽なのである。
その至極当たり前の事実すらも、本土で生活していると沖縄の人々を想起できない。

こういった沖縄の暮らしのベースを、この映画ではしっかりと描いている。
沖縄戦、そしてその後の占領下での生活の悲惨さ、日本に復帰したのちも、
米軍基地から度重なる戦地への軍人を送り出したことに対する無念さ、
そういった結果として、現在も基地を押し付けられている現実、
そこに乗っかった辺野古への基地移転という名目の軍事拠点強化策。

戦場ぬ止みという作品に随所随所に出てくる沖縄の負荷を考えると、
本当にその土地で暮らしている方の理不尽さを感じて、言葉を失ってしまう。
 
しかし、そういった状況下にあっても、現実を受け止めて笑顔で暮らす人々、
基地移設反対運動を展開する中で、少しでも事態への進展が認められた時には、
満面の笑顔で歌い、踊りながら、同士で抱き合う姿。

こんな人間的な人々が暮らす沖縄の現状を、良い面も悪い面も、
しっかりと捉えながら、それは自然豊かな環境が育んでいるという、
背景までも語らずに映像で伝えてくれるこの作品は、素晴らしいバランス感を持っている。

もちろんながら、説明が足りないという指摘もあるかもしれない。
もっと反対する側だけでなく賛成する側の意見も、
客観的に伝えるべきだとの指摘もあるかもしれない。

けれども、それはきちんと作品に散りばめられていて、
基地移設に渋々賛同している人の意見も随所に取れ入れらていて、
声をあげられない状況に置かれている人もしっかり汲み取っている。

反対派の行動を制止する海上自衛隊の面々にも理解ある人は存在するし、
反対と声高に言えなかった漁師もきちんといることを伝えている。

ただ、そういった沖縄県民同士を対立させているのは誰なのかを考えると、
明らかに沖縄の人々だけに責任があるとはいえず、
日本という国を動かしている政治であり、彼らを選んでいる全国の有権者に責任がある。

戦場ぬ止みという作品では、辺野古基地建設に反対する人が主人公だと
捉えるのが一般的であるが、よく考えると、こういった現状を知りながら、
何も声を出し、行動をしないスクリーンに対する観客が主人公ではないかと思ったりもする。

戦争に参加できる国の仕組みを進めていると言われる現政権がありながら、
その政権を成り立たせている政党を認めているのは、ほかならぬ有権者一人一人なのだ。

戦場ぬ止み、つまり戦争を進めるのもやめるのも、結局は投票を行う国民に
委ねられているのが、民主主義という仕組みで成り立つ国家である。

この映画は、そんな自分たちの政治への向き合い方にも、
大きな一石を投じるものだと私は感じた次第である。

ともあれ、私はこの映画に描かれている沖縄県で起きている事態の深刻さを知らなかった。
沖縄県で生活する人を含めて、知らない人が大多数であろう。

だからこそ、この映画をじっくり見ることで、まずは現実を知ってほしい。
沖縄県民同士で争いが避けられない状態になっているこの現実を。
知ることからしか、次の道は見えてこないだろう。

現在、ポレポレ東中野にて先行上映中である。
まだまだ鑑賞時間も限られているが、どうにかやりくりして観る価値ある作品だ。
 
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ショア(SHOAH)第一部鑑賞 〜ホロコーストの全体像を関係者の証言で綴ったドキュメンタリー〜
私がこの映画を知ったのは、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルの
会期中に、映画監督の松林要樹氏との会話したことがきっかけである。
ちょうどその前に、同じく強制収容所のドキュメンタリー
アラン・レネ監督の「夜と霧」を鑑賞したからこの会話が出たのだった。

前置きはやめてまずは、この作品のチラシに書かれている以下の問いに答えたい。
「今、あなたはこの映画を見て 何を感じるのか? 」

四部に分けられた「SHOAH(ショア)」を第一部しか見ていない私だが、
今のところの答えは以下の通りである。

この映画をみて最も感じたことは、『日常と非日常には壁はない』ということである。
収容所に入れられて十万人以上の人が亡くなったなかで奇跡的に一命を取りとめた人や、
毎日数千人が収容所にいれられる汽車に乗せられる光景を目の当たりにした近くの住民、
数々の人がこの作品で、自らが直視した経験を声を震わせて語っている。
彼らは言う。それは最初は信じられない光景だったと。
しかし、それを繰り返し繰り返し日々行っていくうちに当たり前になっていったと。

そうだろう。精神的におかしくなった人は、このインタビューに応じられずに死んだのだから。
いやいや逆に言えば、多くの人間は、日々を繰り返すうちに、
当たり前でなかったことが当たり前になってしまう、本当に弱い動物なのだということを、
改めて考えさせられた言葉であった。

強制収容所に向かう汽車に乗り込むためにユダヤ人が集められた場所は、
ベルリンのダンスホールだったそうである。
強制収容所でユダヤ人を迎え入れる特殊警察は、機嫌がよいときには、
長旅お疲れ様でした。ここで安住の生活が待っていますと迎え入れたという。
強制収容所の最寄駅となったホームに降り立ったときに、
中流以上の階層の女性は化粧直しをしたそうである。わずか数時間で死ぬという運命も知らず。
ユダヤ人が満載の列車に向かって、ポーランドの農民は、
首を斬られる素振りを見せたが、相手からはほとんど反応は返ってこなかった。

このような人々の証言を聞いていくと、
戦争は遠い世界のこと、ナチスのユダヤ大量殺人は過去のこと、
日本は数々の謝罪をしたからもう十分だ、
様々な人々の声が如何に無意味なのかと考えさえられる。

なぜならば、どんな場所に位置していようと、
日常と非日常を区切るバリアなんて、実はほとんど存在しないのだから。

ナチスの高官は、我々は上に命じられたことをやったまでと証言する。
そこでどのような残虐なことが行われるか知らずに任地に赴いたという。
また、土地の農民は大量虐殺が行われる強制収容所の金網の数歩先で農作物を作っていた。

人々は自らの命を維持していくために、その先の行動が良くないことだと
わかっていながらも、「とりあえず」目先にやらなければならないと思ったことに向き合う。
それが死への階段を上っていくと薄々気が付いたとしても、
そこを逃げ出して声を上げる人々は、極めて稀なケースであろう。
それは、これまでの歴史を振り返れば、100年・1000年・万年単位で明らかになる。

であるならばこそ、我々2015年の今を生きている人々がもう一度考えるべきことは、
まずは歴史に向き合ってみるということではないだろうか。

それが負の歴史であれ、正の歴史であれ、人間は同じ過ちを何度も繰り返してきた。
だからこそ、再び同じ轍を踏む前に回避できることは回避して、
別の方策を見出していくのが、次世代の人間の責務なのではなかろうか。

自らで調べられない人は、他者にどんどん質問をすればよい。
なぜこうなるのか、納得ができないことをそのままにするのではなく、
些事を放置せず、繰り返し繰り返し探究心を持って物事にあたっていく。
これがどんな世界でも、どんな分野でも、世の中を新しく変えていく術である。
 
私は、ショアをみて、そんなことをふと思ったのだった。
これから第四部まで、希望の糧としてこの作品をしっかり鑑賞したいと思う。
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ドキュメンタリーは今、何と闘うのか?→大きいものではなく自分や身近なものと闘い、面白いものを作らないといけない。
座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル最後のイベント、
ドキュメンタリーに関わる方でのシンポジウムは、
テーマが『ドキュメンタリーは今、何と闘うのか?』であった。
登壇者の田原総一朗さん、原一男さん、金平茂紀さん、三上知恵さん、
ヤン・ヨンヒさん、渡辺考さん、橋本佳子さんのお話しを聞いていて、
私が総じてまとめたのが、表題の結論であった。

もちろん社会の雰囲気とか、国家権力とか、テレビなどの組織とか、様々なしがらみがあることはあるが、
結局は、そこに捉われずに如何に自らが指向する作品を追求していくかが、
ドキュメンタリーを作るものの闘いではないか。
私はそんなふうに各氏の発言を全体として受け止めた。

もちろん私は自らが映像制作者でも、表現者でもないので、
皆さんの気持ちをどこまで受け止められたのかは分からない。
しかし、登壇者皆さんの作品を拝見し、最近のドキュメンタリーを何本か観ていて感じるところは、
ニュアンスとしては多少は理解できているつもりである。

ドキュメンタリーを取り巻く環境は、決して良くないと社会的にも、
現実的に作品制作に関わっているその周囲の人たちからも、声が聞こえてくる。
しかし、ヤン・ヨンヒさんが最後に指摘されたように、
国家権力が直接作品作成や上映を止めさせるような強制力が広く働いている中国と比べると、
まだまだ日本の映像制作者の環境は恵まれていると言える。

お金がない、上映する場所がない、技術を学ぶ場所がない、
それらはきっと言い訳に過ぎないだろう。

金平茂紀さんが仰った通り、アクトオブキリングやアルマジロといった、
昨年世界中で注目を集めたドキュメンタリーに比べれば、
まだまだ日本の映像制作者が出来る可能性は高いはずである。

映像に関わる学校の整備や、プロダクション環境、制作者環境など、
ドキュメンタリーに限られない制作者の横の繋がりは、徐々にでも盛んになっているのではないか。
私は、少しだけだが、そういった活動をする人々を、
このフェスティバルを通じて知ったことが大きな希望に感じた。

昨年のこのフェスティバルでも取り上げられた木村栄文さんが、
軽々とドキュメンタリーにフィクションを挿入し続けたように、
今年の西川美和監督セレクション『クローズ・アップ』で、
プロ映像の作り手にも何がデタラメで何がリアルなのか分からないと言わしめたように、
もっともっとドキュメンタリーが面白くなって、世の中の注目を集めていくならば、
作り手の環境もより良くなるだろうし、社会に与える影響も大きなものとなるだろう。

原一男さんが、奥崎謙三以来面白い人物と出会えていない、
10年向き合っている対象からも、なかなかこの場面でカットできる状態に出会えないと
お話しされていたけれども、もしかしたらこれが多くの日本における
ドキュメタリストの現状認識なのかもしれない。

しかしながら、日々辺野古や高江の人々と共に国家権力と対峙しながら
取材を続けている三上知恵さんは、彼らのことを語る時は目が輝いていらした。
田原総一朗さんが、私は社会的に見捨てられた人を取材してきたと、
田中角栄氏、江副浩正氏、堀江貴文氏、鈴木宗男氏のことを語る姿はとても自信ありげだった。

そんな表現者としての拘りを存分に発揮して、他者からの干渉に屈せず、
優れた作品を世に出していこうと尽力するドキュメンタリストが存在する限り、
日本のドキュメンタリーは面白くなるはずだし、
1人の観客としてそんな面白い新作を期待している。

『クローズ・アップ』でのラストシーンで、
モフセン・マフマルバフ監督に成りすました素人の主人公とともに、
監督本人が、騙された金持ちの家に謝罪するシーンは笑いを堪えきらない。
『神宮希林 わたしの神様』なんて、冒頭に特別協賛 赤福と書いてあるノッケから
観客は笑って脱力した状態で作品の世界に浸ることが出来る。

どんな闘いの場面にいようと『笑い』を蔑ろにしてはいけないし、
笑いが共感の種となることを十分に理解して作品を構成してみる価値はあるだろう。

今回のプログラムでは、テーマが『闘い』であったけれども、
その表現手段は一見笑える作品こそが、
実は観るものに持続的に影響を与えうるのだと考えさせられた。

渡辺考さんが作られたドキュメンタリーの主人公木村栄文さんは、
パーキンソン病に侵され身体が不自由でありながらもカメラに向かってユーモアを絶やさなかった。

作り手がユーモアを忘れてはいけないし、
受け止める側もユーモアを受ける余裕を持っているくらいになりたいものである。
そんなことも、この度のシンポジウムで交わされたやり取りから考えさせられるものであった。

今年もどんなドキュメンタリーが生まれてくるのか、目が離せない。
そんな雰囲気を十分に感じさせてくれた
座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル
関係者の皆様ありがとうございました。
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映画 | 00:03 | comments(2) | - | - | - |
ドキュメンタリーの神様が降りてくるin座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル
昨日、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルにて、
井浦新さんと足立正生監督の『赤軍 AFLP・世界戦争宣言』、
是枝裕和監督と阿武野勝彦プロデューサーと樹木希林さんの『神宮希林 わたしの神様』の
上映とトークを楽しませていただいた。

この記事のタイトルは、希林さんが阿武野さんに振って紹介された事柄です。
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ドキュメンタリーを撮っていて、
取材を続けていて、どのように構成しようかとしばらく考えたり、
その世界観を楽しんだり、作品に向かっていると、
ふっと神様が降りてくるかのように、作品に大切な要素が明らかになる瞬間があるのです。
それを私は、ドキュメンタリーの神様が降りてきたと呼んでいます。
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そう阿武野さんが語られていました。
『神宮希林 わたしの神様』のラストでも、
まさに神様が降りてきたかのような感動的なシーンがあり、
その直後の樹木希林さんの嬉しそうな表情には、観ているこちらまで思わず嬉しくなりました。

もちろん映画やテレビを一人で自宅の画面で見るのも良いですが、
多くの人とスクリーンを共有して作品を楽しみ、
見終わったあとにいろんな会話を楽しむのが映画の醍醐味ではないかと、
このフェスティバルにて改めて考えさせられています。

井浦新さんが若松組に入られるきっかけになった足立正生監督に対する敬意のまなざしと、
この映画『赤P』に対する愛を語られる。
足立監督は、この映画が作られた経緯から、パレスチナの人々が置かれた境遇、
イスラエル・アメリカなどがもたらしている混沌とした世界の要因とイスラム国の発生要因、
そしてパスポートが発給されてないという自らの不自由な境遇を訥々と語られる。
それは全て、映像を共有した人々の前だからこそ自然に出てくる映像制作者の声だと思います。

映画がつまらなくなったとするならば、その作り手の想いが、
観客に届きにくくなった環境にあるのではないかとも考えさせられています。

映画が楽しいし、いろいろなことを教えてくれるし、監督や出演者、
そしてその作品を愛する人々と語り合う時間は格別なものである。
昨日は、私自身何度もドキュメンタリーの神様が降りてくる瞬間に立ち会えた気がしています。

まだまだ座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルは、2月11日夜まで続きます。
映画の神様の前髪を掴めるように、出来る限り通いたいと思っています。
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映画 | 07:05 | comments(2) | - | - | - |

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