黒木町日記

実家のある福岡県の黒木町。2010年2月1日をもって、
八女市に吸収され、名前も聞く機会もめっきり減りました。
ちなみに、管理人は東京都暮らしを経て長崎県在住です。
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人物戦後政治 〜私の出会った政治家たち〜 石川真澄著読了。

以下、著者あとがきより引用。

 

戦後民主主義の中で生きてきた私は、政治とは良くも悪くも

普通の人間が紡ぎ出していくものだと信じている。

新聞社で政治記者をつとめている間も、そのことを忘れたことはない。

そうした気持ちから、私は国内の政治事象のうち、

選挙やその制度のこと、投票結果の分析、

世論調査に表れた数字などに特別の関心を払ってきた。

 

しかし、にもかかわらず政治が「政界」と呼ばれる場所で

専業の人々によって営まれる仕事でもあるという側面も、

けっしてないがしろにするわけにはいかない。

そこでの営為は普通の人々を生かしも殺しもするから、

民衆の側からの監視や批判が欠かせない。

 

政治ジャーナリズムは普通の人々と「職業としての政治」を

扱う人々との緊張の間に身を置いている。

私もその場所から報道と評論を続けてきた。

そのため政治家との接触・高裁は私の日常の主な部分をなしていた。

この本は、そうした私の経験の部分、

いわば政界見聞を取り出して書いたものである。

 

ただ、個々の政治家の評伝集というようなものではなく、

私の見てきた時代の政治はどんな質のものであったかを考え、

背景に気を配りながら書いたつもりである。

 

著者が様々な国会議員についてのコメントを行いながら、

昔の政治家が現代の政治家に比べておしなべて良かったわけではなく、

政治家としてレベルが低い人物がいなかったわけではないし、

現代も過去に比べて優秀な政治家は存在すると正直に伝えている。

 

しかし、この著書が出されたのは1997年のことであり、

すでに20年が経過し、小選挙区制が定着し、

政党に比べると議員一人ひとりの影が小さくなっているのが現実である。

 

この著書に描かれている政治家は、それぞれに品格に特徴があったり、

政策に鋭いものがあったり、組織形成に秀でていたり、

それぞれに特徴を持った人々が描かれている。

 

本書では以下の政治家が取り上げられている。

 

池田勇人、大平正芳、宮沢喜一、佐藤栄作、川島正次郎、

河野一郎、三木武夫、田中角栄、竹下登、佐々木更三、

江田三郎、河上丈太郎、成田知己、石橋政嗣、西尾末広、

佐々木良作、羽生三七、土井たか子、菅直人、武村正義、加藤紘一。

 

すでに子供世代すら政界を引退した人も多数である。

1957年に朝日新聞に入社して政治部に配属された著者がみた時代なので、

それもまた当然であろう。

 

しかしながらこの書を読んでいて、全く飽きがこないのは、

石川氏が政治家との距離感を一定に保っており、

けっして個人的な関係を持ちすぎていない姿勢で、

あくまでも政治の場面を知るための

取材活動の範囲に拘っていることが要因だろう。

 

政治活動とは、人間の泥臭い部分が現れやすい、

ともすればダークな世界である。

 

しかしながら、価値観が異なる人をまとめ、世の中を動かしていくには、

好き嫌いを超えた普遍的なメッセージを発信していくことが、

求められているのが国会議員の一つの必要条件でもある。

 

それはまた、彼らに接する政治記者も然りであろう。

そんなことを考えるにあたり、

2017年現代の国会議員及び政治記者はどうであろうか。

 

政策的に優れた意見表明を連発する政治家は与野党に存在するが、

政局に流されずに、安定した得票を得て、

自らがポリシーとする分野で十二分な国民的評価を得ている

国会議員は、果たしてどの程度存在するのであろうか。

 

私は、国家の中枢である国会議員から非常に遠い位置である、

地方自治体で、一人の議員として活動を行なっているが、

自らが得意とするフィールドをまだ定められておらず、

行政当局が一目置けるような議員になるには、

全く遠い道のりが必要な状態である。

 

だからこそ、時代を超えて、その存在感を示している

石川真澄氏が記している昭和の政治家から学ぶ点が多々ある。

 

政治家としての姿勢はもちろんのことながら、

自らが寄って立つ点をきちんと定め、

それを政治家としての生涯突き通す意思を持ちつつ、

政党という属する組織の目的を決して蔑ろにしていない点である。

 

時代は変わったと、過去を無視することは簡単である。

しかしながら、有権者が投票によって政治家を選び、

選ばれた政治家が政党を作り、そこで国会を運営する仕組みは、

1946年以降本質的には変化していない。

 

良い面も悪い面もひっくるめて、先人の歴史に学び、

現代の政治家が見落としてしまっている民主主義の本旨が

何なのか、時には立ち止まって考えて見なければならない。

 

全くのひよっこの地方政治家である私に、そんな決意を与える、

石川氏の政治に対する愛情が伝わってきた政治人物評であった。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

評価:
石川 真澄
岩波書店
---
(1997-05-28)
コメント:政治家は骨がない、だから関心がない。そう思っている方にこそ目を通してほしい気骨あふれる昭和の政治家がここには沢山紹介されている。

読書 | 06:14 | comments(2) | - | - | - |
地方を動かすためには考え方を「半官半民」にすべきかもしれない。

私は法律的に定義すると、選挙で選ばれたため、

地方公務員特別職に該当するようである。

 

それはともかくとして、選挙で当選するまでは、

行政の人々と仕事を共にすることがなかったが、

地方議員になってからは、

いろいろな行政職員と業務上のやり取りをするようになった。

 

大学を卒業してから、民間企業でしか働いたことがなかった私は、

現在初めて公の仕事に従事させていただいている次第である。

 

仕事のやり方が異なるのはもちろんのことだが、

もっとも違うのは、一つ一つの仕事に対して、

その対価を払う人がわかりにくい点が、

公の仕事の難しい点であり、進めやすい点でもある。

 

民間企業においては、ある仕事人(それを雇う企業)が、

直接なんらかの対価物・サービスを提供することによって、

その代償として金銭の支払いを受けている。

 

行政がどのような仕組みで動いているのかを、

理解していない人にとって、行政サービスにどの程度の

費用対効果があるのかを判別するのは非常に困難だろう。

(もちろん仕組みを理解する人にとっても難儀だが)

 

例えば、自宅の前に信号機をつけて欲しいと要望しても、

その一軒の都合で信号機が取り付けられることはほぼなく、

その地域において一定の交通量が認められ、

信号機を取り付ける必然性を公安委員会などが認めない限り、

信号機を設置するための予算がつけられることは難しい。

 

「自らの手で街づくりをしなさい」、

地方創生が叫ばれるようになってから

いろいろな方が訴えるキーワードである。

けれども、それが出来るには、

旗振り役がいないと動いていく住民は集まらない。

 

役人、政治家、民間企業経営者、労働者、

現実に属しているどんな形であれ、

自らの利益を半分、その地域の利益を半分ずつ想定して、

街づくりを進めていく人、つまり『半官半民』の人しか、

地方創生のトップランナーにはなれない。

 

私は、今のところそんなことを考えつつ、

自らの街をどうやって、次世代に引き継ぐ仕掛けを作るべきか、

歴史事実も含めて、いろいろな知見に触れている。

 

お金を稼げば良いというものでもなく、

注目を集めれば良いというものでもなく、

その地域の住民が楽しいだけで良いというものでもない。

 

街づくりは人造り。

 

これもまた様々な人物が、

昔から言ってきたフレーズであるが、まさに定石である。

半官半民の人物が、ある地域には必ず存在するはずである。

過去の歴史を遡ってみれば。

 

その人物の功績を訪ね、自らがどんな役割を担い、

他者をどうやって巻き込んで行こうとするか、

それを考え、一歩ずつ行動することからしか、

次世代に続く街づくりの仕組みは築き得ない。

八女市福島地区

写真は、福岡県八女市の手書き観光案内図です。

JUGEMテーマ:政治全般〜国会・内閣・行政

政治 | 15:34 | comments(2) | - | - | - |
日本列島創生論-地方は国家の希望なり- 石破茂 著 読了
評価:
石破 茂
新潮社
¥ 821
(2017-04-14)
コメント:行政に関心があまりない方にも読んでいただきたいコンパクトに地方創生についてまとめられた良著です。

地方がただ中央からの補助金をアテにしているといった、

これまでのあり方では、国家自体が立ち行かなくなります。

地方と、そこに住む人たちが自信を持ち、誇りを持ち、

感動するストーリーを紡ぎながら、それぞれの地方を作っていく。

その姿勢が今の日本には絶対に必要である、と私は考えています。

 

江戸時代に、徳川幕府が地方のために

何かやってくれるというようなことはなかったはずです。

そのおかげで地方に独自の文化、産業、教育が発展しました。

その頃に戻れなどと申すつもりはありません。

しかし地方の自立ということを

もう一度考えてみるべきではないでしょうか。

 

官と民のあり方、地方と中央のあり方、官と個人のあり方、

そういうものを国民全体でもう一度考えてみる。

それによって、日本人が幸せになり、地方が豊かになり、

日本国全体が豊かになっていく。(以下略)

 

以上、本著巻末の言葉より引用しました。

 

石破茂氏の講演を今年の2月西海市にて拝聴しました。

まさに講演で語られたメッセージが凝縮されている内容でした。

 

初代の地方創生担当大臣として、自民党幹事長など選挙応援によって、

全国を飛び回り、多くの方と情報交換をされている

石破氏なりの日本国に対する危機感は相当なものと感じます。

 

それを土台に、数多くの地方創生に向けた将来に繋がる事例を踏まえ、

どうしたら人口減少が続き、急激な高齢化によって、

地方だけではなく日本全国の活力が減ってしまう状況を

転換させていけるのか、非常に具体的な処方箋がまとめています。

 

これまで、住民は政治家に政治を委ね、

地方公共団体は政府に予算付けと政策立案を委ね、

自らのチームを自ら維持していくための創意工夫が

十分にできていなかったのではないかと、石破氏は指摘されています。

 

国全体が経済成長を維持できていて、人口も増加し、

社会的負担が求められる高齢者の割合が低い時期は、

国が自治体が行政サービスを右肩並びに提供できる状態であったでしょう。

もちろん地域によってその充実度は異なるのが当然ながら。

 

しかしながら、人口の都市圏集中が進み、

人口の3割以上が高齢者となる地方が増え、新しい企業も多くが

大都市圏に集中するようになってくると、

新しいことを行うために、他者に依存する環境は、

どんな田舎であれ、どんな都会であれ難しくなるのが現実です。

 

それは、国であれ地方自治体であれ、企業であれ個人であれ、

言い方は適切ではないかもしれませんが「自己責任」が

求められる状態がどんどん増えているのが、日本の実態です。

 

そんな中で、「できる理由よりできない理由」をあげて、

自らが変化していくことを望まない日本人が多数存在するのも現実です。

何故ならば、変えることは大変なように思えるからでしょう。

 

しかし、この著書で冒頭から石破さんが指摘されている通り、

現代日本は、これまでの歴史で体験したことのない危機を迎え、

現在の出生率が続いていくとすると国が亡くなるほどの未来が確実にやってきます。

 

遠い先の未来ではなく、現在の高齢化が進むと、

東京周辺で、高齢者サービスを受けるために、

労働者の取り合いが起きるのも、十年以内とも考えられるほど

福祉に関わる現状は深刻な状況が続いています。

 

 

今の時代に限りませんが、日本国という大きな仕組みを変えるのは

非常に大変な仕事であり、どんな優秀なリーダーが出ても、

すぐに180度の転換を行うのは不可能です。

しかしながら、地方自治体レベルであれば、一つのリーダーなり、

一つの企業が自らの責任を持って取り組むことで、

大きくその方向性を転換させることは可能です。

 

だからこそ、石破さんはこの著書で、

島根県邑南町、兵庫県養父市、岡山県真庭市、島根県海士町、

北海道音威子府村、鳥取県智頭町、島根県太田市、鹿児島県鹿屋市、

新潟市、富山市、香川県高松市、島根県雲南市、愛知県長久手市、

鹿児島県伊仙町、神奈川県秦野市、千葉県佐倉市、北海道夕張市、

などなど多くの興味深い地方創生の取り組みを行っている地域の

具体的な事例とそのインパクトを紹介されています。

 

これらの事例をそのまま他が真似しても何もなりません。

しかしながら、このような多様な地域がそれぞれに、

自らが置かれた環境を言い訳にせず、変化を起こしている事実は、

これまで方針転換をさほどせずに、人口がシュリンクしている地域には、

大きな参考書として生きた教訓を与えてくれるはずです。

 

私も、町づくりの一端を担う特別行政職として、

どうすることが、この地方創生に繋がり、

この地域の住民の方に笑顔をもたらすことになるのか、

しっかりと外と中を今一度観察し、動いていきたいとファイトを得ました。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

読書 | 23:25 | comments(0) | - | - | - |
「週刊文春」編集長の仕事術 新谷学著 読了。

正直に言って、私は週刊文春を読むのはコインランドリーくらい。

買って読んだことは数えるほどしかない。

しかし、阿川佐知子さんのインタビューや飯島勲さんの連載、

そしてついつい読ませられてしまうスクープ記事には、

他の立ち読み週刊誌と違って嫌味がないのがいいなあと思っていた。

 

そんなボヤーっとした文春感を持って、この著書はビジネスマンにも、

読まれるべき本であるという宋文洲氏の推奨によって手に取ってみた。

読み始めて数時間で一気に読了してしまうほど面白い本だった。

 

新谷学編集長は、大学卒業後文藝春秋に入社し、

「マルコポーロ」編集部、「週刊文春」記者・デスクを経て、

月刊「文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長から、

週刊文春編集長に就いた生粋の文春マンである。

 

この著書のテーマは大きく言えば、

「人間って面白いよね」ということを追求することが、

仕事を面白くするのではないですか?

という新谷編集長からの提案のように私は感じた。

 

メディアの萎縮が色々な部門から叫ばれる中において、

週刊文春が、様々なタブーに挑みスクープを連発している背景に、

どんな考え方、そしてそれを踏まえた組織がどのようになっているのか、

全てを余すところなく、この著書で解説されている。

 

メディアのあり方に限らず、企業の取り組みに面白みがないと、

批判されることも多い日本企業や組織の現状であるが、

新谷氏が指摘するように、新しいことをやることを恐れずに、

楽しいものを目指そうとする姿勢こそが、

仕事を面白いものにする原動力である考え方には全面的に賛同する。

 

出る杭は打たれるのが当たり前かもしれないが、

そもそも、色々な組織に杭が出ていなかったら、

その組織は他の同業者との差異がいずれなくなってしまうのは必然である。

つまり、出る杭を打ち続けることは、自らを滅ぼすことになる。

 

インターネットの普及によって出版は廃れてしまうという

どこでも叫ばれるテーゼが存在するが、

アマゾンという世界最大の小売事業者は、出版物を売ることを祖業とし、

未だに出版物を販売することで世界中で収益を上げている。

つまり、やり方が変わっているだけで、

モノを書く意義がなくなっているわけではない。

 

週刊文春は、自らの存在意義を「スクープを提供すること」と定め、

その取材活動を充実するために、組織を鍛え、

取材費を捻出するために、出版部数を伸ばしたり、

その他のネットなどの収益源を確保するために協業を進めている。

 

一方で、記者は取材源を求めて数多くの現場に出かけている。

ネットメディアの多くは、新聞や週刊誌など一次情報を

他のメディアに依存していることが多く、

現実社会を大きく揺るがすようなニュースを提供する機会は限られている。

(もちろん、ネットメディア発の社会的ニュースもあるが)

 

自らの組織が何を最も求められているのか、

仕事のやり方が今の社会にとって本当に必要とされているのか、

社員が会社のやるべき仕事に真摯に取り組んでいるのか。

 

こういった視点を客観的に理解している経営者は、

日本全体で結構数少ない存在なのかもしれない。

だからこそ、目先の課題に汲々として、

自らが主体的になって変化を起こすことができないのではないか。

 

そんなことを考えさせられた新谷編集長の数多くの視点は、

まさに週刊文春というチームの働きを通じて、

色々なものを日本のビジネスパーソンに考えさせられるものである。

 

さて、私自身小さい世界とは言え、この著書でも数多く書かれる、

政治を生業として日々を過ごしているわけで、

どうしたら面白い人間として認められるか、

その客観的な視点を持ちながら、精進していきたい。

JUGEMテーマ:ビジネス

評価:
新谷 学
ダイヤモンド社
¥ 1,512
(2017-03-10)
コメント:さくっと読める。これから仕事を始める新入社員や、逆に新入社員を受け入れる企業の管理職にも読んでほしい一冊。仕事って楽しくやることが本旨であるはずですよね?

読書 | 22:04 | comments(0) | - | - | - |
日本会議の研究 菅野完著読了。何故、籠池理事長が一生懸命になるのかを知るための好著

菅野完氏が日本会議の研究についての論文をまとめていることは、

ハーバー・ビジネス・オンラインでの連載スタート時点から、

存じてはいた。もちろんこの著書が刊行され、話題になったニュースも。

 

なんとなく手に取るタイミングを逸していたが、

森友学園の籠池理事長に菅野氏がインタビューしている姿を見て、

今読まずしていつ読むの?という衝動に刈られ一気に読み進めた。

 

読後の感想としては一言で言えば「爽快な叙述詩」というかたちで、

政権に負の影響を与えているともされる日本会議の実態を追った論文でありながら、

決して出版差し止めを行うべき一方的な批判書であるとは言えない。

しかしながら、何故これほどまでに日本会議など周辺グループが、

政治の中枢に影響を持つまでに至ったのかがコンパクトにまとめられている。

 

また、自らの関係性が希薄なものだったと発言している

安倍首相、稲田防衛相の行動に対して、

森友学園の籠池泰典氏が、

どうしてこれほどまでに憤りを感じているのかも、

この本を読めばその意味が概ね理解できるはずである。

 

日本会議、日本青年協議会、日本政策研究センターの存在と、

安倍政権の繋がりをここまではっきりと解説するメディアは存在しない。

しかし、その点が明確になっていれば、

どうしてこの政権が憲法改正に向けた動きを強めているのかが

明確になってきて、どのような政治スケジュールを持って、

政治に臨むだろうかということが朧げに見えてくる。

 

菅野氏もツイッターで指摘しているけれども、

現政権の政治スキャンダルを闇雲に指摘する前に、

もう少し日本会議周辺について研究する必要が、

野党の国会議員には求められているのではなかろうか。

 

何故ならば、政教分離が日本国憲法に示されているにもかかわらず、

それが全くなされていないように動いているのが現政権なのだから。

 

日本会議、日本青年協議会、日本政策研究センター自体及び、

地方政治、国政への関わり方については、

政権を批判する立場の人々もしっかりと捉えるべきであろう。

 

原発や米軍基地建設反対などワンイシューの取り組みも

もちろん重要ではあるかもしれないが、どういう構造が、

政治の中枢に存在しているのかを理解せずして、

それに対峙しようというのは、武器なく戦車に突っ込むようなものである。

 

右傾化というキーワードが、

長らく行われた学生運動の延長線上に存在しているという、

この著書の指摘は、目の前の現実を直視しているだけでは見えてこない。

ジャーナリストが自らの仮説を元に調査報道を十分に行わない現在、

菅野完氏のようなものを書く人の執念は、大きな発見を導く。

 

政治がごちゃごちゃしているように感じる今だからこそ、

このような政治の中枢を追った秀逸な読み物が読まれる時期ではないだろうか。

JUGEMテーマ:自分が読んだ本

評価:
菅野 完
扶桑社
¥ 800
(2016-04-30)
コメント:どうして安倍総理と森友学園籠池理事長が昵懇だっただろうと想定できるのか、その理由はこの本を読めば見えてくるはず。

読書 | 11:03 | comments(2) | - | - | - |
新年度予算案の審議ー予算特別委員会についてー

地方議会の三月議会では一般的に予算審議が行われます。

わが町も本日をもって特別委員会は終了しました。

補正予算が提出される予定なので、全ての予算審議は終わっていませんが。

 

まずは予算の意義と考え方について「議員必携」より引いてみます。

 

”町村の予算(歳入歳出予算)は、町村が年度に実施したい

事務・事業にどれほどの経費をかけるか、一方、

それを賄うために必要な財源をどのように調達するかを計上して、

これを金額で表示したものである。

つまり、予算は、その町村の一年間の収入と支出の

見積もりであると同時に、住民に対しては、

この年度に、どれほどの公租公課を義務づけることになるか、

また、その見返りとして、どんな行政サービスを行って

福祉向上に努めることにするかを約束するものであるといえる。

 

このように予算は、直接、住民の生活を左右し、

その福祉のいかんを決するものであるから、

編成に当たる町村長も、それを審議する議会も、

あくまでも、住民全体の福祉を念頭に置いて考えるべきで、

いやしくも一部の住民の利益のために

奉仕するようなことがあってはならない。

(中略)

予算が堅実なものでなければ、日頃、いかに住民の福祉向上を叫び、

町づくりの理想をかかげていても、その実現はむずかしいばかりか、

そうした不健全な状態が続くと財政自体が行きづまり、

新しい事業は一切できなくなって、

活発な行政の展開を計画的に行うことは不可能となる。

 

したがって、堅実な予算を作成することが何よりも大切なことであって、

編成に当たる町村長も、審議し確定させる議会も、

特に留意しなければならない。”

 

 

幅広く審議される国会の予算委員会とは異なって、

あくまでも予算案とその事業についての審議が、

地方議会の予算委員会の中心議題になりますので、

数値を通して、どのような事業が次年度になされるのかを

想定することが、地方議員に求められる予算との向き合い方になります。

 

地方議員に求められる当然の責務として、

無駄のない行政サービスを行うために予算をチェックすることが、

求められていることは当然です。

 

しかし、国や県からの資金供給が減少する中で、

全国ほとんどの自治体が当てはまると思いますが、

独自財源によって歳入が潤沢に得られない自治体にとって、

限られた予算を如何に有効活用すべきかは、

議員のチェック以前に執行部としても当然最も考えるテーマとなります。

 

だからこそ、現在の地方議員に求められているのは、

その予算を執行することで、如何にその自治体の将来に

繋がるような歳入歳出が行われているのかを監視することが、

最も大切な視点なのではないかと、私は考えています。

 

国や県以外の独自の歳入が三割程度の地方自治体が多いので、

俗に三割自治と言われますが、わが町も自主財源は約3割に限られます。

 

もちろん3割以外の数字も独自の方針で、歳出を決めることはできますが、

医療・介護など社会保障費が増大する中で、

町の独自の指針に従って予算の割り当てを行える範囲は、

年々減っているのが現実です。

(我が町はふるさと納税による寄付金もまだまだ限られています)

 

だからこそ、その少ない弾を如何に有効に活用し、

他の自治体にはない特色を出していくかが予算にも求められます。

 

一方で当たり前ですが、法律によって歳出が決められる

医療や介護、子どもに対する支出についても、

出来るだけ費用負担を減らすような取り組みも行われなくてはいけません。

一番効果的なことは、病院にかかる住民を減らす取り組みです。

 

 

私自身、初めての予算特別委員会審議への参加になりましたが、

数々の予算案説明によって、行政サービスを数値として捉えることができました。

もちろん、まだまだその数値は一部に過ぎないのは当然ですが。

 

職員や小中学校教諭が使用しているパソコンの台数、

臨時職員数やその給与形態、No残業デーの実態、

類似自治体との職員数の比較(我が町が一番少ない!)、

ふるさと作り応援寄附金を集めるための今後の展開、

現在庁舎で導入している行政システムのハード・ソフト予算比率、

行政が管理する公的施設の利用状況、

町立図書館の蔵書数と年間購入冊数、などなどキリがありません。。。

 

歳入・歳出の数値だけでは見えてこないものを、

昨年予算比の増減数値が大きく変化しているのは、

どういった要因でそうなったのか、質問をしていくことで実態が見えてきます。

 

その動きを踏まえて、もっと住民の方に満足いただき、

なおかつコストを減らすための提案を行っていくのが、

議員本来の役割ではないかと思います。

 

これまで、一般質問や常任委員会の活動によって知ることのできた

行政の働きとは、また別の角度から、

数々の数値を追うことで、明らかになった行政の姿でした。

 

数値は、特に前年までの動きを理解しなければ、

その実態が浮かんできません。

だからこそ、継続的に予算案、そして決算を捉えていく必要があります。

 

正直、最初の予算審議を通して、

もう少しこうすればよかったと後悔する部分は沢山ありました。

今のこのホットな気持ちを一年後も持ち続けられるよう、

1年かけて気になった点は、

しっかりと数値を追いかける癖をつけたいと思います。

 

それを住民の方と共有することによって、

自分だけはなく、多くの方とこの町を作り上げる努力をすることが、

結果として、この町を良くする大きな一歩になると確信しながら。

予算案

政治 | 22:45 | comments(0) | - | - | - |
組織トップの在り方 ー非日常時こそ問われる姿勢ー

 

私は、昨日から今日に掛けて、

実地で組織リーダーの在り方を考えさせられる場面に直面している。

 

昨日と今日が変わらない場面で、

組織の長が決断を下すことは難しいことではない。

しかしながら、通常は起きない事態が起きた時には、

トップが最もその判断の責任を問われる。

 

もちろん、多くの場合、外部要因があるからイレギュラーになる訳である。

まずは、その外部要因をどのように受け止めるかを問われる。

次に、起こり得ない事態が起きて、組織内部が動揺することを防ぐ必要がある。

そして、異常事態を元に戻すために対策を練って、迅速に行動しなければならない。

 

これらのことを並行してスムーズに行うには、

誰が中心指揮にあたり、

実行部隊をどう動かすのか方針を大まかに指示を与えるのが、

非常時におけるトップの役割である。

 

まだまだ事態進展中であるため、今後の状況をしっかり見ていく必要があるが、

私が向き合っている組織のトップは、その組織をよく理解しているからこそ、

この非日常をスムーズに乗り越えていきそうである。

 

私は、その非日常を起こした一方の当事者であるので、

その推移をしっかりと受け止め、リーダーが率いる組織と対峙していかなくてはならない。

 

しかしながら、その組織も、私も、私の同僚も、

その意見を発出する代弁者に過ぎず、本当に影響を受ける方は、別に存在する。

 

だからこそ、何が本当に自らがやるべき行いか、

常に客観的な視点を持って行動しない限り、

其の場凌ぎで、後々本当の当事者に大きな負担を強いることになってしまう。

 

 

以上のことを、具体的な事実を書かずに、

この文面だけで、理解いただくのは困難の極みであるのは十分認識している。

しかし、事態が進展中である限り、

各方面にご迷惑を掛けられないために、詳細は明かさない。

 

だからこそ、少し別の例を出しながらイメージしてみたい。

 

時は江戸幕末、ある藩の藩主は、

藩の事業を行うに当たり、金貸しから長期契約で金を借りていた。

順調に計画を進めていたけれど、

金貸しの債権者の都合で、金を融通してもらえなくなる事態に陥る。

 

藩主は、まずは家老に命じ、事業のストップを掛けて、金貸しとの交渉に入らせる。

同時に、藩の全スタッフに対し、この事業以外の職務を忠実に進めることを指示する。

そして家老は、これまでに進んでいる事業内容を精査し、

どの程度の資金があれば事業を終わらせられるのか落とし所を設定しておく。

 

その上で、藩主は金貸しに今後の展開について、

藩の状況を説明しつつ、縮小した事業を継続するために、つなぎ融資を依頼する。

 

藩が仕事を依頼している庄屋などの生活にも直結するため、

その交渉は非常にスピーディに行わなくてはならない。

一方で、長期に渡る事業内容を変更するわけなので、

幕府にも報告する必要があり、領民にも説明責任が問われる。

 

これら一連の事態が、藩にとって初めて経験する事実である。

だからこそ、どこにも参考書はないわけで、藩主の決断力と、

家老の指示能力、藩士の行動力が求めらる。

どれが掛けても上手くいかない。

 

加えて、金貸しにも、債権者の都合だけでなく、

その後の藩との取引を円滑に進めるために、

自らでリスクを取る必要性を求められる。

 

最大のポイントは、藩も金貸しもいずれも、

その藩民が満足する決断をしなければ、

指示を得られない事態に陥るということである。

 

このような状態で、藩主と金貸しの頭取に注目が集まるのは、

おぼろげにご理解いただけるであろう。

(例えが悪く、イマイチ分からないと言われると元も子もないが)

 

今、そんな状況を目の前にしている金貸しスタッフの私は、

この事業がどれ程の利益を生むものかを精査する必要に迫られている。

もちろん既に事業は進んでいるので、止めるにもお金が掛かる状況である。

 

言葉遊びはこの辺に留めて、しっかりとやるべきことに向き合う時間に戻ろう。

藩主の優れた決断力と、藩スタッフ全体の優れた行動に期待しながら。

 

春風楼

政治 | 23:27 | comments(0) | - | - | - |
AIが同僚-あなたはたのしく一緒に働けるか- 日経BP社発行 読了。
評価:
---
日経BP社
¥ 1,620
(2017-01-20)
コメント:AIを自社のビジネスに活用している企業・組織の最新事例集が採録されている。是非これから社会人になる人にも手に取っていただきたい一冊。

これまでAIの考え方、アメリカなどでの導入事例、

日本でも活用者のインタビューを再録した書籍は多かったが、

企業の活用事例を具体的に紹介した本は初めてと言っても良いだろう。

 

日経トップリーダー及び日経ビッグデータという、

企業人特定層向けの媒体に取り上げられたAIを導入した

日本の最先端企業事例を30以上紹介しつつ、

それらを導入・活用している識者の「AI考」をインタビューしている。

 

AIの導入なんてまだまだ日本では進んでいないと考えている方が、

以下の組織で積極的に活用を進めていると聞いた時、

果たして他人事でいられるだろうか。

本当に業種・事業形態を問わず爆発期に差し掛かっている。

 

リクルート

野村総合研究所

ダイキン工業

ハウステンボス

三菱東京UFJ銀行

みずほ銀行

三井住友銀行

千葉銀行・第四銀行・中国銀行・伊予銀行・東邦銀行・北洋銀行

いすゞ自動車

はるやま商事

Casy(クラウド家事代行サービス)

米エアビーアンドビー(Airbnb)

三越伊勢丹

トライアルカンパニー

IDOM(旧ガリバーインターナショナル)

JINS

あきんどスシロー

ファナック

アサヒビール

アスクル

日立物流

ビズリーチ

住友電装

SUSQUE(勤怠情報から退職確率を算出)

FRONTEO(電子メールから情報漏洩恐れ社員を抽出)

ソフトバンク

大林組

ワークスアプリケーション

日立製作所

三菱商事

富士フィルム

東京大学医科学研究所

大丸松坂屋

サイトビジット(資格試験のオンライン学習サービス)

米マジスト(写真や動画を自動編集)

マッキャンエリクソン(テレビCMをディレクション)

 

もっともっと企業名・団体名は登場しているが、

少なくとも上記に挙げた組織は、

自らの業務をより前向きに変化させていくために、

AIを使ったシステムを積極的に活用している。

 

この著書のタイトルにあるように、

AIを使ってこれまでに社員が行なっていた作業を

何らかの形で肩代わりさせる「同僚」として。

 

もちろん、その過程の中でこれまで人間がやっていた

業務内容を積極的に見直し、

AIが得意とする大量データから規則性を見出し、

特定の業務を省略化する作業を次々に見出している。

 

いずれの企業でも他社動向以上に、

自らが抱えている経営課題を改善していくために、

自社に必要なAIの仕組みはどういうシステムなのかを

積極的に考えようとしているところが、非常に興味深いものであった。

 

まだまだAIを産業界に取り入れられてから時間は短いが、

驚くべきスピードでその普及度は高まっている。

 

2020年には、ただ誰かが構築したAIのサービスを使うのではなく、

自らの組織で新しいAIの仕組みを生み出した企業が、

事業全体としても、同業他社を上回る競争力を得るのは、

ほぼ確実と言えるのではないだろうか。

 

その時代環境の中では、社会人を作り出すための、

教育環境も変化を余儀なくされ、

またこれまでICTに関心が薄かった社会人も変化を求められる。

 

とにかく、まずは色々な意味で活用され始めている

AIの仕組みがどうやって動いているかを知り、

自社のビジネスに何らか活用することはできないのかと、

考えてみることを早急に行う必要がある。

 

それが2020年代を面白く生きるスキルであることは間違いない。

この著書はビジネス事例集としてだけ捉えるのは勿体無い。

色々な可能性を考える参考書として活用してほしい。

JUGEMテーマ:ビジネス

読書 | 08:19 | comments(0) | - | - | - |
AIの衝撃〜人工知能は人類の敵か〜 小林雅一著読了。
評価:
小林 雅一
講談社
¥ 864
(2015-03-19)
コメント:刊行から2年が経過しているが、AIの大枠を掴むにはよくまとめられた新書。人物紹介が豊富な点もすぐに活用できる点。

AI、その言葉を企業のニュースで聞かない日はないような状況となっている。

この著書のサブタイトルにあるように、人工知能は人間の仕事を奪うのではないか、

そんな懸念からこのトピックスにあえて近づかないようにしている人もいるのではないか。

 

しかしながら、まずは人工知能とは何なのか。

どういった歴史的経過があって研究され、事業に活用されるようになったのか、

現在はどのような使われ方をして、今後はどのような展開が見込まれるのか。

 

せめてこの程度を知っておいても、日々の生活に有害どころか、

知らないまま、世の中が進むことを指をくわえて見ていると、

AIを巧みに使いこなし、新しい時代を切り開く人との差は開く一方である。

もちろんその結果、生活レベルを落とさざるを得ない結果になる。

それを全く問題ないと受け入れられる人以外は、せめて関心を持って欲しい。

 

前書きはこの程度にして、この著書が登場して2年以上が経過して、

取り上げられるAI活用事例は刻々と変化しているが、

この著書に書かれているAIとの付き合い方は全く色褪せないので、

その部分をご紹介したい。

 

本著最後にある著者私見部分より以下引用。

————

(前略)

つまり汎用的な知識までもコンピュータやロボットに抜かれたときに、

「知能を武器として生き残ってきた人類そのものが、実は大したものではなかった」

とする自虐的な思想です。

 

しかし、そうした事態はおそらく起きないでしょう。

それは「知能」が人間に残された最後の砦ではないからです。

それを上回る「何物か」を私たち人間は持っているのです。

 

それは、ある能力において自分よりもすぐれた存在を創造し、

それを受け入れる私たちの先見性と懐の深さです。

 

蒸気機関からコンピュータ、そして産業用ロボットまで、

私たち人間はあえて自らの雇用や居場所を犠牲にしてまで、

人類全体の生存と繁栄を促す新たな技術を開発し、それを受け入れてきました。

 

これは単なる「知能」という言葉では表現しきれないほど大きな「何か」です。

このように将来を見据えることのできる叡智と包容力こそが、

私たち人間に残された最後の砦なのです。

————

 

著者は、この本を通じて多くのAIの進化の可能性について触れ、

人間が果たす役割の多くが人工知能に取って代わられることを解説する。

 

だからこそ、これまで人間が行ってきたことの多くが、

コンピュータやロボットが行う作業に変化することを前提に、

我々人間はそれをうまく活用していく立場に変化することの必要性を説く。

 

 

人工知能によって金融危機を契機に大きく資産を増やした人物の話。

ディープランニングと呼ばれる機械学習についての解説。

グーグルなどのIT企業がAIによって多くの個人情報を収集する雰囲気。

次世代ロボットに対するアメリカ及びEUと日本の開発ベクトルの違い。

将棋ソフトでプロ棋士を破るまでに至ったAI開発の経緯。

楽曲を制作するソフトが作った音楽に人間が拍手喝采をしたエピソード。

 

 

挙げればきりがないが、人工知能がこれまでに起こしている事実を通じて、

世の中がどのように変化するのかを概略的に理解するには格好の新書になっている。

 

世界各国でAIを巡る研究が加速し、

実際の産業に取り入れらる事例が増える中、

AIやロボットなど人工物と人間がどんな付き合いをして、

その結果世界がどう進むのだろうと考えることこそ、

これからの時代を面白く生活するために、必要な頭の体操ではないだろうか。

 

この本に類似した本は、今後多々刊行されると思われるが、

「AIの衝撃」がホットなのは、数多くの人物を取り上げていること。

 

それらの人々の現状を追えば、2年が経過していも間違いなく、

最新のAI事情は掴めてくるはずである。

たAI開発の経緯。
楽曲を制作するソフトが作った音楽に人間が拍手喝采をしたエピソード。


挙げればきりがないが、人工知能がこれまでに起こしている事実を通じて、
世の中がどのように変化するのかを概略的に理解するには格好の新書になっている。

 

世界各国でAIを巡る研究が加速し、産業に取り入れられる事例が増える中、
AIやロボットなど人工物と人間がどんな付き合いをして、
その結果世界がどう進むのだろうと考えることこそ、
これからの時代を面白く生活するために、必要な頭の体操ではないだろうか。

 

この本に類似した本は、今後多々刊行されると思われるが、
「AIの衝撃」がホットなのは、数多くの人物を取り上げていること。

それらの人々の現状を追えば、2年が経過していも間違いなく、
最新のAI事情は掴めてくるはずである。

JUGEMテーマ:ビジネス

読書 | 17:15 | comments(0) | - | - | - |
委員会活動について 〜地方議員の見えにくいながらも専門的な仕事〜

本日は、産業厚生委員会にて二度目の現地調査及び

担当課からの状況説明が行われました。

 

今回のテーマは、

産業廃棄物処理及びリサイクル関連企業についてです。

住民・企業の皆さんにとっては、

様々な手間が面倒だったり、費用負担の割には、

そのメリットが見出しにくい部分のため、

全町の財政的にも負担はなかなか進めづらく、

住民の理解を得にくい部分という前提があります。

 

しかしながら、全国的にも問題になっているように、

様々な制約から最終処分場を探すことは容易ではなく、

自然環境保護の観点からも法律が厳格になり、

リサイクルを積極的に進め、廃棄物を減らすことは急務です。

 

残念ながら、現状では本町は、

積極的にリサイクルを進めているとは言い難く、

家庭ゴミ、産業廃棄物ともに、抜本的な排出から、

リサイクル、最終処分までのフローを見直す必要に迫られています。

 

今回の委員会調査においては、このことを念頭に、

産業廃棄物処理に従事されている二つの業者さんを訪ね、

その作業場及び実作業を目の当たりにしました。

 

事業者さんが置かれている立地環境だったり、

その経営状態など、様々な点で全委員が

課題を痛感させられた現地調査でした。

 

もちろん、廃棄物処理の許可を得ている業者さんですので、

法律や監督官庁の方針に則り、

適正に営業していただくことは大前提です。

 

しかし、売上規模、立地、当該スタッフの人員問題、

そこに処理を委託する事業者の分別状況、

その処理業者が処理したものを受け入れる企業ニーズなど、

加えてこれらの事業者を監督する立場である役場の対応。

 

様々な点で課題が山積している状況では、

廃棄物処理事業者だけに責任を求めるのではなく、

一つ一つの問題を整理していかなければ、

状態が改善されてないことを理解できました。

 

歴史的な経過を見ていくと、

最終処分場が廃止され、リサイクルを進めることになった時期から、

18年ほどに渡って、少しずつ膿が溜まっていた状態でした。

 

これを短期間で解消することは容易なことではありません。

 

しかし、少なくとも今日委員会に参加した8名の議員と

役場担当課の4名の共通認識としては、

少しずつでも、この問題を前に進めていこうという

意識は共通していたと感じています。

 

今後の産業廃棄物処理問題の進み方については、

一般質問などを通じて町民の方に、認知いただけるように、

しっかりと対応していきます。

 

 

私は、広報調査特別委員会とこの産業厚生委員会に属し、

やっと委員会活動についても実感を持って、

少しずつその活動の意義を理解しつつある状況です。

 

議員必携によれば委員会制度の意義についてこう書かれています。

ーーーーーーー

社会経済の進展に対応して、行政が著しく多様化し、

専門家してくると、本会議のみでは多数の議案を効率的に

処理することや議員がそのすべてに通じることが困難となる。

委員会制度は、このような欠陥を補完して、

審議の実を挙げるため工夫されたもので、

それぞれ専門別に審査を分担するものであって、

戦後、アメリカ民主政治の例にならって、わが国の国会、

地方議会にも採用されることとなったものである。

(中略)

常任委員会は、その部門に属する町村の

事務に関する調査を行い、議案、請願等を審査する。

ーーーーーーー

我が町では、産業厚生委員会と総務文教委員会という二つの

常任委員会が設置され、議員はいずれかに属しています。

(議長・副議長はいずれにも出席しています。)

 

議員個々人としても、定例議会の一般質問を代表として、

役場職員とともに政策実行に向けて行動しますが、

前述の通り、個人でできる範囲は限られ視点も広がりません。

 

だからこそ、全町的であり時間がかかる問題については、

委員会を有効に機能させ、議員と職員がチームとなり、

物事を進めていく必要が生じます。

 

議員個人と委員会としての立場をどう使い分けるかは、

まだまだ私も模索している状況ですが、

これが地方議員に求めれれる一つの要件でもあります。

 

まだまだ町民の方にしっかりと分かりやすい言葉で

役割分担を説明できるレベルには達していませんが、

2017年はそのことも頭に置きながら、

議員活動に取り組んでいかなくてはと考えています。

 

リサイクル施設

(写真は焼き物の石膏型をリサイクルしている業者さんです)

政治 | 21:48 | comments(0) | - | - | - |

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